ビロードの口づけ 獣の森編
怒らせると人の時より怖いのだろうとは思う。
なにしろ獣たちは、女を引き裂いてその血肉を貪る。
つまり人を殺す事に何のためらいもないのだ。
五年前に警戒心と敵意をまとい、窓際でうなっていた黒い獣は確かに怖かった。
けれど恐怖心を上回るほどに、その美しい姿態に魅せられていた。
冷徹で優雅でしなやかな美しさは、そのまま人型のジンに表れている。
だから人型のジンにも魅せられた。
クルミはすり寄ってきた獣を抱いて、そのなめらかな毛並みを撫でた。
すでに日は高く昇り、カーテンの隙間から眩しい光が差し込んでいる。
朝食もまだだし、ジンには王としての仕事もあるのではないだろうか。
クルミは獣の頭を撫でながら尋ねた。
「お腹が空きませんか? そろそろ起きないと」
獣はおかまいなしにクルミの上にのしかかり、顔をペロペロと舐め始めた。
太い前足で肩を押さえつけられ、身動きが出来ない。