モルフェウスの誘惑 ※SS追加しました。
美雨は緊張しながら聞いた

「あのぉ…どうですか?」

黙り込む杜

「やっぱり、合わないですか?
合わないんですね…」

がっくりと項垂れる美雨に

「おい、勝手に決めつけんなって
美味いよ。久しぶりだよ、こんな美味い飯
前に行った、イタリアンの店より
はるかに美味い」

杜のその言葉に
美雨の顔がパッと明るくなる

「本当に?良かったぁ」

そういうと美雨は胸を撫で下ろした
今日は美雨の部屋で
杜に手料理を振る舞っていた
初めての事であった

杜がカップ麺しか食べてないと言う
話を聞き、美雨が体を心配して
作ったのだ

メニューは
鯖の味噌煮に
かぼちゃの煮付け
出始めの菜の花の
からし醤油あえに
そして根野菜たっぷりのお味噌汁
それから…

兎に角、野菜中心の
体にとても優しいメニューばかりを
美雨は作った

目の前の皿から
作った料理がどんどん消えてゆく
意外にもガツガツと食べる杜に
美雨は驚いていた

以前、一緒にイタリアンの店に
行った時には
こんな風に食べることはなかった

「あの…お代わりしますか?」

「ああ、……じゃあ」

自分から聞いておきながら
ご飯茶碗を差し出す杜に
目を丸くしつつ
美雨は炊飯器からご飯をよそってやった

「白ご飯の方が良かったんじゃないかって
私、張り切りすぎてついつい…」

鶏肉とごぼう、にんじん、あと油揚げとが
入った炊き込みご飯だった

「いや、美味いよ
俺の母さんもよく作ってくれてた」

杜はそう言うと
三杯目の炊き込みご飯を掻き込んだ

心の中で
亡くなった母さんが
作ってくれてたんだけどな
と思いながら…











「生き返った気がする…」

食べたあと、そのまま床に
ごろんと寝転がる杜

「たくさん食べて貰えて
作った甲斐があります
今度は中華にしますね」

美雨の言葉に何も言わない杜

「ん?杜さん?」

杜はそのまま眠ってしまったようだった
美雨はそっと、ブランケットを掛けてやると
音をたてないよう
後片付けを始めた

美雨は心から浮かれていた
誰かの為にご飯を作るのは
久しぶりだった

真山と付き合っていた頃も
お互い仕事をしていた事もあり
大抵はどこかで食べて帰る事が
ほとんどだった

一通り片付けが終わり
杜の様子を見に行くと
まだ眠っていた

「疲れてるのかな…」

美雨はそう言うと
少し、はだけている
ブランケットをかけ直してやり
その寝顔に見いっていた

「やっぱり、綺麗な顔してる」

杜の寝顔をまじまじと見るのは
あの時以来なのではと
美雨は思い返していた

アトリエでほんの少し
うたた寝をしてたりする杜は
何度か見たことがあったが
こうして無防備に眠る姿は
あの時ーーー

杜に初めて抱かれた時以来だった

目に掛かる前髪を
そっと避けてやろうと
美雨が手を伸ばしたとき

「……か、の子…?」

杜が言った

「えっ…」

美雨の声に反応して
杜が目を開けた
咄嗟に美雨は出していた手を戻した
けれど、杜に捕まれる

「は、離してください!」

「違うんだ、
ただ、夢を見ていただけなんだ
それも、ガキの頃の夢だ
それだけだ…
美雨…」

「そんな風に呼ばないでください
杜さんの言うこと信じます
だけど、出ていってください
ごめんなさい…」

そう言うと美雨は杜から
顔を背けた

「解った…
気を悪くさせて悪かった」

美雨の手を離すと
杜は部屋から出ていった

部屋に残された美雨は
そのまま、動けずじっとしていた
美雨も杜の言うことは真実だろうと
思っていた
けれど、どうしても
冷静ではいられなかった

むきになり、大人げないとも思った
けれど、
あれ以上、杜と居ることは
出来ないと思った

それはーーーー






眠っていた杜の目に
うっすらと涙が滲んでいたからだ




















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