モルフェウスの誘惑 ※SS追加しました。
***


「どうだね、
最近は大作を描いていないようだがーー
困ったことでもあるのかい?
例えば、資金の援助とかだったら
いくらでもさせてもらうんだが…」

と、言いながら
大手商社の会長を勤める
田澤 章郎(たざわ あきろう)は
繊細なデザインのカップに
入ったコーヒーを
杜に差し出した

客への珈琲だけは
自分で入れる
田澤なりのもてなしのルールだった

そして
いかにも質の良い
皮張りの黒のソファーに
ゆっくり自分も
腰を降ろすと杜をじっくりと見た

「資金に関しては大丈夫
最初に描いた作品をあり得ない
高額で買ってもらったし…
いつも、あんたには
感謝してるよ
そして、今回も
厚かましいのは
重々承知で頼むけど
あんたの力をまた
借りたくてやってきたんだ」

「力を…とは
どういうことかね?」

杜は田澤にこれまでの経緯を
話し始めた

美雨の存在の事も
これまで話してなかった
かの子の事も…

ゆっくりと
杜なりに言葉を選び
丁寧に話した

田澤は目を閉じ
ソファに深く背をもたれさせ
終始静かに杜の話を聞いていた

そして
聞き終えるとーーーー

「なるほど
話は良く解った
なぁに、そんなくらい
容易い事だ
兎に角、絵が描けて
誰にも見つからない場所を
用意すれば
良いのだな?」

「ああ、
そうしてもらえると
助かる」

杜は
やはり
田澤を訪ねて間違いなかったと
思った

田澤の好意を無駄にしないためにも
杜は必ず
最高の絵を仕上げなければと
改めて心に誓った

そして
絵を描きあげることが出来たとき
これまで自分が逃げてきたことに
対して
きちんと向き合おうと

そうすることが
今の自分に出来る
最善であると
信じていた












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