モルフェウスの誘惑 ※SS追加しました。
《杜side》

俺は自分の目を疑った
今、自分の目の前にいる
この女を確かに俺は知っている

俺を狂わせ
俺から心を奪った張本人ーーー

かの子だ

何故?
何してる?
だって、かの子は……

とにかく、この場を去ろうと思った
自分の動揺を美雨に悟られたくないと思った

けれど、出来なかった

かの子が俺に気付き、声を掛けてきたからだ

「杜…杜なの?こんな所で会うなんて…」

そう言うと、かの子はゆっくりと
近づいてくる

俺は完全にフリーズしていた
そして、
やはり、胸が締め付けられる思いがした

俺は出来るだけ落ち着いた声を出すことに集中する

「久しぶり…かの子…」

目をまともに見ることは出来なかった

「そちらは?」

と、かの子が美雨を見た
その時、俺はやっと美雨もこの場に居たことを思い出した

「あ、ああ…俺の絵のモデルをやってもらってる。
次の作品展に出展するために…えっと…」

俺がもたもたしていると

「鷺沢美雨です。初めまして」

と、美雨は今まで見た中で
一番笑顔で言った

「初めまして、美雨さん。杜の姉のかの子です。杜がお世話になっているようですね」

いかにも、姉らしくかの子が言った
姉という言葉に少し傷ついている自分に
ほんの少し苛立った

「ごめん、もう帰る所なんだ。
ちょっと、次予定があって…
元気そうで良かったよ
具合も良さそうだし…」

「うん、お陰さまでね
体は大丈夫。心配しないで
それに、あの人もついているから…」

そう言うと、かの子は少し離れた所で立っている男に目線をやる

俺はその男がかの子にとって
ただの主治医では無いことを知っていた

医者と患者としてではなく
パートナーとして
その男がかの子を支えているという事も
知っていた

何故なら、俺はその事実を知り
大学を卒業と同時に姿を消したからだ

誰にも言わず
美登にすらも話さず
俺は姿を消した

「あなたが絵を描いていてくれて
本当に嬉しい…
本当に…
…杜、一ノ瀬の家に行ってないのね
その…父が寂しがっていたわ
一応、伝えておこうと思って…
じゃ、私、行くね?
会えて良かった」

かの子は美雨に軽く会釈すると
待っていた男と去っていった







その後の事はあまり覚えていない
ただ、ぼんやりと
来た道を辿り
そして、家に戻ってきた

部屋に入ろうとしたとき
「杜さん…」
と、美雨が言った

その声に反応して
漸く、俺は美雨をまともに見た

そして
美雨をとても傷つけていることに
気づいた

美雨がとても、悲しそうな顔で
笑っていたからだ

















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