モルフェウスの誘惑 ※SS追加しました。
***


「あのお店、僕行ったことありますよ
彼女と…って言いたいところですけど
残念ながら野郎と行きましたよ
いやぁ、浮いた浮いた
何せ、あそこ、女性客でいっぱいですからね
こう見えてグルメなんですよ、僕
どうぞ。これね、珈琲もこだわってて
僕わざわざ自前で持ってきてんですよ。と、言ってもインスタントですけどね」

相変わらず、飄々とした感じで
話しながら岡崎は署にあるソファセットに
座る杜と美雨の前に珈琲カップを置いた

「すいませんねぇ。お引き留めしちゃって
ちょっと、お聞きしたいことがあったもので」

と言うと、二人の目の前にマグカッブ片手に
腰を下ろした

「もう、話すことねぇよ」

杜が不満を露に言う

「すいませんねぇ
いやぁ、お聞きしたいのは
僕個人的な事でして…
実はですね…
その…お二人はどういった仲なのかなと…」

「えっ?」

美雨は思いも寄らない質問に
咄嗟に声が出た

「いや、これね
ぶっちゃけ、僕が気になってんですよね
美雨さんのこと
僕にもまだチャンスあるのかなぁと
言っときますけど、今日、後をつけてたのは
あくまでも、真山の動きを調べていて
美雨さんの身の危険を感じたから
今日はつけてたんですよ
念を押しますけど、仕事です
今日のところはね」

本気とも冗談とも取れるトーンで岡崎が言う
冗談にしても杜がなんと答えるか
美雨は様子を伺っていた

「その、率直にお聞きしますけど、
お付き合いされてるんですか?
どうなんですか、美雨さん」

「それは…」

美雨が答えかねていると

「絵描きとモデル」

杜が一切、抑揚のない声で言った
美雨はその響きに一瞬で目眩がしそうだった

「そうでしたか、ならば僕にもーーー」

「今は、ってだけだ。先はわからない…」

岡崎の言葉に被せるように杜が言った
美雨は杜の発した言葉を心の中で繰り返した

相変わらず不貞腐れた顔をして
珈琲に口をつける杜の顔を美雨は
暖かい眼差しで見つめた
そしてーーー

「杜さんの仰る通りです。
私はただのモデルです
けれど、やはりこの先はわかりません」

にこやかに言うと美雨もカップに口をつけ

「美味しいです」

と、言った

「それは、良かったです
なんだか、不戦敗のような気分ですが…
まあ。良いでしょう
僕、結構、打たれ強いんですよ
ところで、一ノ瀬さん
ご実家には帰っておられないようですが…
その、お姉さんとお会いになったのは
偶然で?」

明らかに先程とは違うトーンで岡崎が聞いた
杜は静かにカップを置いてから言った

「その質問に答える義務はあるのか?」

「いえいえ、滅相もない。
今回の事件に関しての聴取は
終えてますのでね
ただ、最近、真山の件で
美雨さんの動向を追う必要が
有りましたので…
まぁ、ご姉弟ですし偶然会うこともありますよ
なんの変哲もないただの公園でもね」

「何が言いたいんだよ」

杜は珍しく苛立ちを露骨に出しながら
言葉を吐いた

「まあまあ、先程から
申しております通り
今回の事件の話は終わっております
ただ、やはり過去二件
起きている事件に関して
真山は白なんです
わかります?この意味?
つまり、真山が逮捕された今も
美雨さんは狙われる可能性がある
と、言うことです」

とても、静かに
岡崎が言った

「なに、脅すつもりはないんです
我々も何とか犯人逮捕に向け
全力を尽くしておりますし
ただ…中々、これと言って手がかり
ないんですよねぇ…
あっ、お代わりします?」

いつもの飄々とした岡崎に
戻っていた

「行こう。もういいんだろ?」

杜が言うと

「お引き留めして申し訳ありませんでした」

と、マグカップを片手に
岡崎が笑顔で言った






帰り道、特に会話もなく
帰ってきた

杜が何処か心ここに非ずな感じが
美雨は不安で堪らなかった

今の美雨を支えているのは
先程、岡崎に対して杜が言った

ーーーこの先はわからない

その言葉だけが
美雨を保たせていた

互いの部屋まで来たとき杜が

「あん時…、あん時、あんた俺をかばっただろ?真山がナイフ振りかざしたとき」

「えっ、あ、あぁ…たまたま、たまたまです」

「ああいうの止めろよ
正直、ウザい…
女にかばってもらうほどヤワじゃねぇし」

「すいま、せ、んでした…」

美雨はあの時、咄嗟に杜をかばった
自分でも不思議なくらい怖さはなかった
ただ、瞬間的に
杜が絵を描けなくなることが怖かった
けれど、それは杜にとって
余計な事でしかなかったのだと意気消沈
しているとーーー

「だけど…さんきゅ」

「えっ?」

「だから、礼を言ったんだよ
だけど、二度とあんな真似するな
あんたを傷つける訳にはいかない…」

「杜さん…」

「それから、さっきの…」

「えっ?さっき?なんですか?」

「だから、さっきの」

「さっき……?」

美雨は全く何の事か見当がつかなかった

「あんたとのこと、この先わかんないってやつ」

杜がため息混じりに言うと

「あっ、そのこと…」

美雨は漸く理解した

「そっ、そのこと。
言っとくけど、あれ本心だから…
ったく…あのクソ刑事が余計な事言うから…
変な話になっちまって…
もう、いいわ、忘れろ
じゃあ…」

と言ってドアノブに手をかける杜に美雨は慌てて言った

「忘れません!
忘れろって言われても絶対に忘れません
わ、私だって言うときは言わせてもらいます」

杜はほんの少しだけ口角を上げると

「好きにしたら…」

その言葉だけを残し
部屋に入っていった

美雨はふぅーっと
息を吐くとヨシッと気合いをかけ
部屋に入った







誰かがその様子を見ていたとも気づかずに…







































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