モルフェウスの誘惑 ※SS追加しました。
美雨を抱いたあと、俺は気づいたら眠ってしまっていた。


それは久しぶりに安らいだ眠りだった。


目を覚ますと、美雨が俺を見ていた。


俺は美雨が俺に向ける慈しむような表情(かお)に一瞬、動揺した。


だから、逃げるように帰ったんだ。


何故か、この女には全てを見透かされてしまいそうだ。


この女には偽りなんて通じないーーー


漠然とそう思った。


あの日からだ。


この女は俺を深い闇から死と隣り合わせの夢の世界から目覚めさせてくれるんじゃないかって俺は思うようになっていた。


そしてーーー


こうして、今、美雨と同じ時間を重ねていくうちに止まったままだった俺の心は漸く正確に動き出した。


あいつの笑顔を見ているうちに自分でもわかった。


心がどんどん溶けていくのが。


そして、俺もいつしかこいつのーー


美雨の笑顔を守ってやりたい。


いいや、そんな格好いいもんじゃねぇな。


ただ、ただ、独り占めしたかった。


美雨の笑顔が俺だけに向けられるものであれば良いなと思うようになった。


けれど長い間、心を閉じていた俺はあまりにも感情に疎くなっていた。


美雨が他のやつに笑いかけるだけで無償にイライラしたり、美雨が側にいるだけで安らいだり、時には胸の辺りがさわがしくなったり…


そんな心に戸惑った。どうしていいかわからずもて余していた。


それらはかの子の時に感じた思いとは少し違っていた。


かの子の時は俺は求めるばかりだった。かの子を手に入れたい思いだけだった。


そういうやり方でしかかの子を愛せなかった。幼かったんだと思う。


だけど美雨に対しては求めるだけでなく与えてやりたいと思った。


美雨を心から大切にしたい、そう思えた。


あの日、美雨が真山から俺をかばったとき、俺は動揺していた。


もし、美雨が傷ついていたら、万が一、大変な事になっていたらと思ったら、怖くて仕方なかった。


その事があってから、俺はしばらく考えたんだ。


俺にとって美雨の存在を、この数日間じっくり考えた。


そしてーーー


今日、漸く答えにたどり着いた。


きっと、必ず俺は美雨に堕ちる。


そして俺は美雨に救われる。深い闇から救われるんだ。


だからいい加減自分の気持ちに素直になろうって思った。


先なんて考えず今の気持ちに素直になろうって。


今日、その想いを美雨に伝えようと思う。


俺はお気に入りの画集を閉じると美雨が待っているであろうアトリエへと向かった。













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