雨、ときどきセンセイ。
その大きな手によって低く下げられた傘の死角で、センセイの顔が近付いた。
重ねられたのは手だけでなくて、唇。
一瞬のことに硬直した私は、センセイの手がなければ傘をまた離してしまっていたかもしれない。
誰でもきっと憧れる、好きな人とのキス。
しかもそれが最高のシチュエーションだったと言うのに、私は目すら閉じることを忘れて直立不動のまま。
こういうことに全く無縁だったから、頭の中が真っ白で。
私が嬉しさとか照れとかを感じる前に、再び距離を取ったセンセイはゆっくりと目を開けた。
「……目くらい閉じろよ」
私の様子を見たセンセイが、失笑して言う。
「……あれだけ積極的だったわりに、こんな反応するとは俺も意外だけどな」
「――っ‼」
赤い顔をした私を面白げに見て笑うと、センセイは再び、ずいっと顔を近付けてきた。
冷静にさせてもらえる時間なんて一切与えてくれなくて。
必死にこの場をどうしようか考えても、私にはどうにもこうにも絶対的な経験値が足りない。
そんなパニックな状況で、唯一ふと、気付いたのは……。
「あっ。雨音が、やんでる……!」
全くこの状況にそぐわない、ちぐはぐなことを口にしてしまった。
わざと、なわけじゃない。本当にそれしか思いつかなかったから。
その流れで私が傘を降ろそうとしたらセンセイが傘を取り上げる。
そして傘に私たちを隠すように、身を低くして言った。
「せっかくの雨だ。次は目、閉じとけよ?」
空に響く、学校のチャイム。
ふわりと私たちを周りから遮る。
雨はとっくに上がっていたハズなのに開いたままの赤い傘。
その傘の中でのドキドキを、私は一生忘れない。
高校卒業の日という、教師と生徒の最後の時間に、キラキラとした雨上がりの時間を共にしたことを――。