雨、ときどきセンセイ。

「で、誰? 私の知ってる人?」
「……ま、真山センセイ」
「はぁーーーーーー?!!」


ボソボソと口ごもるように私はその名を口にした。
でもそんな聞きづらい声も届いたようで。さすがに相手を聞いたみっちゃんは驚いた。
その驚きように、私も想定以上のものがあって目をぱちぱちさせる。

みっちゃんの息が続かなくなって、声が途切れたところで私たちは目を合わせて沈黙する。


「ちょ、ちょっと……梨乃」
「……なに」
「その話はさすがに詳しく聞きたいわ」


転がった箸を気にも留めず、みっちゃんは放心したような表情で力ない声で言った。


人って驚き過ぎるとこんな感じになるんだな。


どこか冷静にそんな風にみっちゃんのことを思うと、私は箸を拾ってみっちゃんに差し出した。
それを受け取らずにまだ私に視線を向けて言う。


「だって、梨乃、あれだけ“興味ない”って言ってたし、実際そんな感じだったし」
「う……ん、嘘ついてた訳じゃないんだけど」
「それがわかるから、経緯を知りたいっつってんの!」


みっちゃんは怒ってはいない。
でも、ちょっと語尾を荒げたところをみると、本当にびっくりして先を知りたいんだな、と思った。


「えー……と、な、なんとなく」
「梨ィ乃ぉー……そんな説明で終わらせるわけないでしょ!」


みっちゃんの顔がこの上なく近づいて来て低い声で言われた。


そんなこと言ったって。

本当に、『なんとなく』だったんだもん。
なんとなく目に入って、なんとなく気になった。

それがいつしか頭から離れなくて、忘れられなくて。

顔がいいからとか、人気があって大人だからとか。
そういう単純な理由じゃないから。

だから説明するにも上手く出来ることじゃない。


「……好きになるのに、具体的理由ってないんだと思う」


気付けば心がその人を追っている。

それだけが、真実。



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