ふるさとの抵抗~紅い菊の伝説4~

捜査


 天野恵理子殺害現場は凄惨な状況だった。殺害現場となった部屋中に血しぶきが飛び散り、そこには英里子の遺体らしいものはなかった。バラバラにされ、肉片が残っている骨が残っているだけだった。それは大きいものも小さいものも、不完全なものもあった。それが誰のものかすらわかるはずもなかった。しかし、通報した近所の住人が英里子の悲鳴を聞いていること、そして英里子と連絡が取れないことから被害者は彼女であろうと思われていた。
「こいつは酷いな…」
 刑事となって長い小島でさえも目を反らせたくなる現場だった。恵に至っては散らばった骨をまともにみることも出来ない。
「私もこんな現場は初めてです。」
 鑑識課員の岸田健二が小島のそばに来て呟いた。めがねの下の眼をしばだたせている。
「どうだい、何かわかったか?」
 小島はあまり期待をせずに岸田に声をかける。
「いや、正直なところまだ何も…。何しろこんな面妖な現場は初めてでして…」
 岸田も眼を白黒させて答えた。
「どうやったらこんな殺し方が出来るのかしら…」
 恵は窓の外を見て言う。現場に目を向けたくなかったからだ。
「こいつは人間の仕業じゃないかもしれないな…」
「といいますと?」
「動物の仕業じゃないか?肉食の奴さ」
 小島の言葉に岸田が合点がいったというような表情を見せる。
「でも、どこから来たって言うんです?そういう動物に関する通報などはありませんけど」
 確かに恵の言うとおりだった。
 この付近にはそのような動物のいる施設などなく、またそのような動物が逃げ出したとか、目撃したとかの情報もなかった。だからといってこの惨状を人間が作り出したとはとうてい思えない…。
「まさか…、な」
 小島の脳裏に奇妙な考えがふっと浮かび、すぐさま彼はそれを否定した。だが、そんな小島の変化を恵は見逃さなかった。
「小島さん、これって、もしかすると…」
「馬鹿なことを言うな。そんなものは存在しないんだ」
「でも、私たちは何度も…」
「それ以上は口にするな。それを認めてしまったら俺たちはこの被害者に何も出来なくなるんだ!」
 それは恵が初めて聞く小島の激しい言葉だった。
 恵は驚き、固まってしまった。そこへ岸田が近づいてくる。
「びっくりしましたでしょう?小島さん、ああなると手がつけられません。暫く離れていた方がいいですよ」
 岸田はそう言うとそそくさと恵から離れていった。
 いつもはのんびりとした印象を与えている小島にもこういった激しいところが眠っているのか、恵は思った。
「けれど、何だろうな。ここからは強い憎悪のようなものを感じるな…」
 小島が静かに呟いたのを恵は耳にした。
 小島の勘が働き始めた。
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