結婚白書Ⅲ 【風花】
4.自覚


賢吾の幼稚園行事が忙しいのだと言って 4月に来たっきり 

妻は一度も来ていない

一人暮らしにも慣れ 出張の準備も手早くこなせるようになった


金曜日には賢に会えるな……

息子の写真を眺めながら独り言がでる




飛行機の座席は 桐原さんと隣になった

幹事役の若い職員が席を振り分けたら 私たちが残ったのだそうだ

「誰と一緒でもいいよ」 そう言って 彼女と苦笑いしながら

隣り合った席に着いた


この時期 客が少ないのか 機内は空席が目立ち 全員が窓側の席に

座っている 


飛び立って間もなく 気流が乱れると 機長から事前に説明があったが 

思いのほか機体が揺れる

ガクンと大きな揺れがきた

咄嗟に彼女が 肘掛けにおいた私の手を掴んだ



「あっ ごめんなさい 私……」


「いいよ 気にしないで」



笑いながら答えると 彼女は恐縮したように身を縮めた

また大きな揺れがきた

膝の上で拳を握りしめて 必死で耐えている彼女が健気に見えた

彼女の手の上に 私の左手を重ねて置いた

ビックリしたようだったが 私が唇に指を立てると やや微笑んで 

軽く頭を下げた


乱気流を抜けるあいだ 私はずっと彼女と手を重ねていた

機体が揺れるたびに彼女の手が緊張する

それを落ち着かせるように 彼女の手を静かに握りしめた



彼女と無言の会話をしているようだった

何も言わなくても伝わる

こんな気持ちは初めてだった……






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