クリスマスの夢 ~絡む指 強引な誘い 背には壁 番外編~

 日本の中心となる四対ヒルズビルの建設が完了した年、四対 樹が成人した、らしい。

 香月はこのビルに入るのは幾度目かになるが、最初に入った時は佐伯が千からの紹介を受けて入れただけで、今、あんなにも遠くの存在だった四対に「お前」呼ばわりされ、更にフェラーリに乗せられて一緒にケーキを作ろうとするような仲になるなど、その時は全く考えもしなかった。

 巽とのイザコザ、クラブ嬢に堕ち、決意した避妊手術。そしてようやく手に入れた、婚約。

 巽との結婚をゴールとするのならば、今はまだその途中であり、こうやって四対と2人きりで部屋に籠るなど、実際はあってはならないのかもしれない。

 そう心の中を少しかすめたが、実際、巽も烏丸と2人きりで食事をしているのだろうから、大丈夫だろうと高を括った。

 事実、携帯は一度も鳴ってはいない。

 香月は四対に案内され、ビルの上へ上へと上がって行く。

「ハンドミキサー一つで作れるのかよ?」

 四対は不安そうに、バラのプリントが入った白い買い物袋に入った食材を見つめた。

「四対さんがいつも食べてるのと同じのはできないよ? けど、これが本当の手作り!ってのは味わえると思う」

 香月は自信満々で四対の長い睫の奥の目を見た。

「ま、なんでもいーけど」

 ふいっと逸らされる。

 画して、四対に案内されて入った部屋は、普通のマンションのような間取りだった。

 玄関で靴を脱ぎ、廊下を進み、黒を基調としたリビング、エンジのシステムキッチンが目立つキッチン、その奥の部屋は寝室か何かになっているようだ。

「ここ、……何の部屋?」

「俺の部屋」

「えっ!! ここに住んでるの!?」

 にしては、全く生活感がない。

 香月は更にまじまじとその辺り中を見渡した。観葉植物が置かれ、水も与えているのだろう、生き生きとはしているが、家具は何も使った形跡がなく、埃一つ落ちていない。

「部屋っつっても、仮眠室だから。寝るだけ」

「寝るだけ!? キッチンもあるのに?」

「寝るだけっつっても、水道くらいいるだろ」

 いや、一般人は水道作るくらいなら、水買いますけど……。

「すごいね」

 香月はキッチンの天井についている3つのスポットライトを見ながらただただ、四対の財力と、身分の差を実感していた。

「なんか、こんな綺麗な所で普通のケーキ作るの、場違いな気がしてきたねー」

 カウンターキッチンに置いてくれた買い物袋を覗きながら、軽く言う。

 すると、四対は

「お前なあ」

と、低い声を出した。

「そーゆー風に自分を卑下するのやめろよ。お前も俺も一緒なんだよ。違うって思い込んでるだけで、実際は何も変わんねーんだよ」

「…………」

 あまりにも、心に痛く響き、返す言葉がなくなる。

「俺とお前が違いすぎるってゆーんなら、とっくに連絡なんか途絶えてるよ。何も違わねー、変わんねーから今もこうやってケーキ作ろうとしてんだろうがっ」

 言うだけ言い切って、買い物袋から、卵を出してくれる。高級スーパーで購入した卵は段ボール材で出来た衝撃吸収材が巻かれており、いつも香月が行くスーパーでの卵とは扱いが全く違う。

 四対と香月の違いはそうやって随時表面化されているが、四対は何も知らないようだ。

 香月は小さく息を吐き、レシピブックの最初のページを開いた。

「……えっと、まずは……卵を卵黄と卵白に分けて、湯銭をして温める」

「何個?」

 四対は腕を捲りながら聞いてくれる。

「3つ……できるの?」

「できねーかもしんねー。けど、やる」

 それが社長というものの、やり方なのかもしれない。

「……できないけどやる、とか言うのってやっぱり、社長になると重要なことなの?」

 香月は聞きながら、四対が不器用に卵をぐちゃっとボールに割り入れる様子をただ見ていた。

「何が?」

 腹立たしそうにこちらを見てくる。

「いや……なんでもやってみようっていう、チャレンジ精神」

「何がだよ……。卵一つ割るか割らないかで……」

 卵黄がやぶけ、卵白とごっちゃになったボールの中に、再び四対は卵を割り入れようとしていて、何をどうするつもりなのか全く分からなかったが、香月はそのまま見ていた。

「けど、できないのにやるってすごいなあって」

「できないって決まったわけじゃねーだろ。やり方次第ではできるかもしんねーし、できねーかもしんねーし……あ゛」

 予想通り、2つ目の卵もボールの中で殻も混じってごちゃごちゃになる。

「……ねえ、ボール2つ、いらないの?」

「あ、最初から分けるのか。俺はてっきりボールの中に割り入れてから、黄色だけ取り出すのかと思ってた」

「…………」

 まあそれでも、できないことはないけど。

「ケーキ作ったこと、ある?」

 四対はボールをもう1つ出すと、2つ並べ、割り入れる。だが、やり方が全く分からなかったようで、結局新しい方のボールの中で卵がぐちゃっとなっただけだった。

「あ゛ー……ねーよ。1回でもやってたら、もっと旨いに決まってる」

「社長と手作りケーキって、似合わないよね……ごめんね……」

「ンだよ、さっきから!」

 四対は汚れた手をそのままに、手を止めると、香月と視線を合わせた。

「お前がケーキ作りたいっつって、一緒にやってやってんじゃねーかよ!」

「え、いや、だからごめんって謝ってるんだけど……」

「わけわかんねー」

 四対は、やる気なさそうに手を洗い始め、

「お前、分っかんねーよな。何となく人誘っといて、そんなつもりじゃなかったとか」

「え……いつ?」

「いっつもだよ!! 今だってケーキ作るっつったからここ来て作ってんだろうが!!

 なのになんでやりたくなかったみたいな態度とるんだよ!!」

 四対は手を洗うのをとっくにやめていたが、水は流しっぱなしだった。

「わっけ分かんねー」

 その言い方はあまりにも吐き捨てられたような気がしたので、香月も思わず口を開いた。

「私は……一緒にしてくれてありがたいんだけど、よく考えたら、あなた社長で……」

「だからなんなんだよ!! 俺が社長なんて今知ったことかよ!!」

「違うよ! 知って、いつも私に合わせてくれるけど、けど、私も身分差やっぱり考えなきゃなって……」

「身分差ってなんだよ?」

 四対は険しい顔を逸らして、フンと笑った。

「いつも周りにいっぱい人がいて、すごく忙しい四対さんと、私は違うって、自覚してるってことだよ!」

「忙しいかどうかは、単なる仕事量の差だろ……」

「私なんか、ランチ一緒に行ってくれるような友達もいないし」

「そんなの俺だって一緒だよ。何も考えねーでランチ誘ってくる奴なんか、お前しかいねーよ」

「…………」

「……、くっだらねー」

 四対は宙を仰ぎ、ふっと息を吐いてから、首を一度回す。

「ケーキ作ろうぜ。……お前が俺のこと、目上の偉い奴だと思い込みたいんならそれでいーよ。なら、それならそれらしく、俺の言うことを聞け」

「…………」

「お前が言ってんのはそういうことだろうが。その方が安心するんだろ? 

俺に一般庶民扱いされて、身分差感じてた方が、落ち着くってことだろ」

「……」

 射抜くほどに睨まれて、目を逸らす。

「こっから出てけ」

 鼓動が早くなり、動きが止まる。

「俺がもし、お前のことをそういう風に見てるんなら、まずお前を俺の目の前から消す。

俺はそういう奴なんだよ。何の利益もない奴と一緒にいる時は、友達だと……思ってる時くらいなんだよ」

「……何の利益もないから、時間の無駄じゃないかとか、思うよ……」

「一々真に受けんな!! うっとぅしぃなあ!! 」

 大きな声で罵声を浴びせられたことに驚き、耐え切れずに涙が出た。

 滴が、目から床まで一直線に落ちる。

「なっ……泣いてんじゃねぇよ……」

 明らかに声が動揺している。

「ごめ……」

 涙を拭って、すぐに謝ろうとすると、

「止めだ、止めだ!!」

 と、イラついた声と、スリッパの音がどんどん遠のいて行く。どう終いをつけたら良いのか分からず、香月はとりあえず

「……帰るね……」。

顔を手で拭き、バックを探して手に取った。

「おい……帰るのかよ……」

 部屋の隅まで行っていた四対は、パタパタと速足で戻ると、目の前に立った。

「……だって……怒ってる……」

「別に怒ってねーよ」

「怒ってるじゃん……」

「怒ってねーよ!! お前があんな風に言うからだろ!! こっちはお前のこと友達だと思って……信用して、連れて来てんのに、何が時間の無駄だ」

「……なんか……私のしたいことに付き合ってもらって……悪いなって」

「……いいじゃん、別に。ケーキ作りたきゃ作れば」

 2人して溜息をつき、ようやく、目を合せる。

 けど、自分の目が充血してるに決まっているので、すぐに逸らす。

「…………」

「それとも家帰って作り直すか?」

「……1人で作りたくなかったから…………」

 スル―されると思っていた小さな一言を、四対はあえて拾って言った。

「アイツはケーキ作るようなタチじゃないわな」

「何だって、一緒にしてはくれないよ」

「お前の頼みでも?」

「そんな、私の頼みなんてあってないようなものだよ。電話一つかけてくれないし」

「…………それでもいいって不思議だな。俺には理解できねー。自分を受け入れてくれてねーのに」

「いや、そういうんじゃないと思うけど……」

「…………。

まいいや、ケーキ作るか、とりあえず。アイツがしてくんないんだったら、俺としようぜ。食わせてやれよ。卵の殻入り」

 四対は笑いを堪えてこちらを見つめる。

 香月の方はというと笑いに耐えられず、四対を見つめて、大きく顔を緩ませた。
 
 
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