クリスマスの夢 ~絡む指 強引な誘い 背には壁 番外編~
クリスマス・イブ
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午前5時の風はこんなにも澄んで冷たい、ということを身をもって知る。
12月24日の午前1時頃まで、四対ヒルズビルでケーキをアテに飲み、そのままリビングのソファでうとうとしてしまった香月は、4時になってようやく目を覚まし、四対にタクシーに乗せてもらってから、ようやく新東京マンションに到着した。
マンション内はロビーからもちろんエアコンが行き届いているので空気は温かいが、それでも足元は薄いタイツのせいで震えている。
香月はフロントで署名すると、最上階までエレベーターで上がった。カードキーはもちろんスペアを持たせてもらっている。
寒さの中、我が家にようやく帰宅したことに安堵しながら、それでも7時半には再びここを出て会社へ向かわなければならないことに早くも疲れを感じながら、玄関の中へ入った。
もちろん、巽は寝ているだろう。
あれから、烏丸とはどんな風に過ごしたのだろうと、今になってようやく気になってくる。
スリッパを履いて、手に持っていたケーキが入った箱をそのままリビングのテーブルに置き、先に寝室へ向かう。
ゆっくりとドアを開けて入り、薄暗い中で寝ていることを確認、コートだけ仕舞ってお風呂に入ろうと、クローゼットを開けた途端、
「遅かったな」
というしっかりとした声が聞こえた。
「あ、起きてたの?」
振り返り、顔を見る。
間接照明しか点けていないので表情まではよく分からなかったが、寝ぼけているようではなさそうだった。
「ごめんね、1時くらいまで飲んでたら、寝ちゃって。お風呂入ってくるね。私いつも通り仕事だし」
それだけ言って出ようとすると、
「風呂には入って来なかったのか?」
と、淡々と低い声で聞かれた。
「入らないよ……何で?」
まさか勘違いしていないだろうなと思いながらも、一応、聞いておく。
「お前ならそう思うだろう? あんな風に2人きりで抜けられて、しかも、国際ホテルのディナーは2人分しか予約されず、その後も連絡がなかったら。
元々2人で予定があったんじゃないだろうか、と」
「は……えっ? ホテル、2人でしか予約してなかったの!?」
「…………。
無駄にならんように2人分しか席はなかった。素直に頷いたと思ったらこれだな」
「……まあ、最初から四対さん嫌がってたしね……。あの、エレベーターで揃った時点で約束を果たしただなんて言ってたけど、最初から食事する気なんてなかったんだね……。
そんなら烏丸さんなんか呼ばなきゃよかったのにね。あの人四対さんから呼び出されたってすごく喜んでたのに……」
「その後は俺がうまくやった。
割と喜んで帰ったぞ」
「そうなんだ。ありがとう。……あそうだ! ケーキ作ってね、冷蔵庫に入れとかなきゃ」
香月は一安心し、リビングに置いたままのケーキの箱を冷蔵庫に入れるために部屋を出た。
巽はケーキなど甘い物が嫌いだ。
それを考慮して、生クリームは一切乗せず、フルーツだけをスポンジに挟んだ、ケーキというよりはフルーツサンドと称する方が正しいスゥィーツになっている。
ホールの4分の1だけカットし、四対が電話一つで持ってこさせた箱に入れて帰って来たのだが、朝はやはり食べそうにないなと判断し、一旦冷蔵庫に入れようと扉を開けた。
「…………なに……これ……」
思わず口に出た。
透明の小さなガラス製のボール、バカラの器に入ったナッツに丁寧にラップがかけられている。
取り出してよくみる。
まさか、という予感が走り、システムキッチンの上を見渡した。
布巾が綺麗にタオル掛けにかけられている。
その掛け方が香月の雑な性格とは全く違うことに、一番に気付いた。
次いで、調味料の位置やシンクの中、残飯を入れているダストボックスも次々確認する。
ここで……ナッツを器に盛り、リンゴとパイナップルとキゥイを剥き、綺麗にシンクを掃除して帰った女がいる。
思わずナッツの器をシンクの隅に投げつけた。
呼吸が乱れ、口を開かないと、酸素を吸入できない。
香月は涙目で急ぎ足で寝室に戻り、ドアを乱暴に開けた。
「誰!? ここに入ったの!!」
悲鳴にも似た声が、寝室中に響く。
巽は予測していたかのように、薄暗い中、裸の上半身だけ起こしてタバコを吹かしていた。
「ここは俺の家だ」
「…………」
たった一言そう言われただけで涙が流れた。顔が震え、身体が震え、ぼやけた視界の中、巽を見つめることしかできない。
「……お前が俺にしたことと同じだろうが」
「……何が? 四対さんが? 何でよ。違うじゃん!! 全然! 四対さんはあなたも知ってて、知り合いじゃん! あの人は大丈夫だって、あなた言ったじゃん! 四対さんと私がそんな関係になるわけないじゃん! 」
大声で、言い切る。
「俺と烏丸もそういう関係になったわけじゃない。
ただそこで飲んで帰っただけだ」
「……なんで家でなのよ……」
「お前も家に行っただろう? 俺を攻められはせんと思うがな」
人を使って調べられていたことに、信用されていなかったんだという悔しさがこみあげる。
「家って……、いつも住んでる家に行ったのとは全然違うよ! 」
自分で言っておきながらも、若干首を傾げるセリフに、やはり巽は
「烏丸が俺と何かあると思うか?」
と澄んだ声で聞いた。
「……私はあなたを信じてるから、ないとは思うけど……」
「それと、同じだ」
「全然違うよ! 四対さんはあなたもよく知ってるじゃない!!」
「お前に手を出さないということをか? だが俺は言ったぞ、お前に。
あいつの態度は気に食わない、と。お前も聞いていたはずだ」
「…………」
そういえば、時計をつけたのに態度が変わらないのが気に食わないって言ってたっけ……。
「人が嫌がることを平気でするということは、そういうことだ。
実感しただろ」
「そのためだけに烏丸さんをここへ呼んだの?」
香月はバカバカしいとでも言いたげに涙目で巽を睨んだが、
「そうまでせんと分からんのはお前の方だろうが」
と、言い返される。
「んじゃあ、烏丸さんが勘違いしたらどうなるのよ!!」
烏丸はあんなに四対を望んでいる。そんなことあるはずがないが、一応、巽の意見を聞いた。
「キスして、適当に言い訳して、そのままにする」
「………………」
「いつものお前と、やり方は同じだ」
巽は裸のまま立ち上がると、香月などいないかのように隣をすり抜け、寝室からすっと出て行ってしまう。
どうしようもない、もやもやとした想いを吹っ切れずに巽が通り過ぎて、随分経ってから後ろを振り返った。
だがその時にはもう、バスルームからシャワーの水が流れる音が聞こえていて、話し合いなどできる雰囲気ではない。
「…………!!」
まさか、巽の方がその身体の痕跡を消すつもりなのかもしれない。
それに気づいた香月は、廊下をどんどん進み、バスルームの引き戸をためらいもせずにガラリと開けた。
「…………」
「…………何だ?」
シャワーを頭から浴びながらも、こちらの顔を確認して、尋ねる。
香月は、言葉にならずに、すぐに閉めた。
しかし、内側から力強く戸がスライドしたと同時に、顔にシャワーの湯を浴びせられた。
「わっ!! 何!?」
香月どころか、その辺り中がびしょ濡れだ。
抵抗する間もなく、右腕を取られ、ぐいと引っ張られてタイツのままバスルームに入ってしまう。
「四対のことは、信用している」
しっかり目を見て言い切られる。
だが、逆に、お前のことは信用できない、と言われているような気がした。
「とっ、友達だよ!! 今日だって、2人でケーキ作ったんだから!! あなたが甘い物嫌いだって言ったら、違う物にしようって提案してくれたりしたんだよ……。
結局ケーキになったけど」
「あいつが、俺のために?」
言いながら、濡れた服を脱がせようと、前面から抱きしめるようにワンピースのファスナーを下げてくれる。
「あいつが俺のためにってなるとちょっと違うけど。私がケーキ作るって言ったら手伝ってくれたの」
ワンピースはパサリと下に落ち、次に下着に手がかけられる。
「お前はそういうのに弱いからな……」
「…………」
知ってて、一緒にはしてくれないんだ……。
「……今日はクリスマスだ。多めにみてやる」
全裸になるなり、香月はその固い大きな身体に抱き着いた。
「……夜、帰って来るの?」
上目使いでしっかり見つめる。
「あぁ、そのつもりだ」
午前5時の風はこんなにも澄んで冷たい、ということを身をもって知る。
12月24日の午前1時頃まで、四対ヒルズビルでケーキをアテに飲み、そのままリビングのソファでうとうとしてしまった香月は、4時になってようやく目を覚まし、四対にタクシーに乗せてもらってから、ようやく新東京マンションに到着した。
マンション内はロビーからもちろんエアコンが行き届いているので空気は温かいが、それでも足元は薄いタイツのせいで震えている。
香月はフロントで署名すると、最上階までエレベーターで上がった。カードキーはもちろんスペアを持たせてもらっている。
寒さの中、我が家にようやく帰宅したことに安堵しながら、それでも7時半には再びここを出て会社へ向かわなければならないことに早くも疲れを感じながら、玄関の中へ入った。
もちろん、巽は寝ているだろう。
あれから、烏丸とはどんな風に過ごしたのだろうと、今になってようやく気になってくる。
スリッパを履いて、手に持っていたケーキが入った箱をそのままリビングのテーブルに置き、先に寝室へ向かう。
ゆっくりとドアを開けて入り、薄暗い中で寝ていることを確認、コートだけ仕舞ってお風呂に入ろうと、クローゼットを開けた途端、
「遅かったな」
というしっかりとした声が聞こえた。
「あ、起きてたの?」
振り返り、顔を見る。
間接照明しか点けていないので表情まではよく分からなかったが、寝ぼけているようではなさそうだった。
「ごめんね、1時くらいまで飲んでたら、寝ちゃって。お風呂入ってくるね。私いつも通り仕事だし」
それだけ言って出ようとすると、
「風呂には入って来なかったのか?」
と、淡々と低い声で聞かれた。
「入らないよ……何で?」
まさか勘違いしていないだろうなと思いながらも、一応、聞いておく。
「お前ならそう思うだろう? あんな風に2人きりで抜けられて、しかも、国際ホテルのディナーは2人分しか予約されず、その後も連絡がなかったら。
元々2人で予定があったんじゃないだろうか、と」
「は……えっ? ホテル、2人でしか予約してなかったの!?」
「…………。
無駄にならんように2人分しか席はなかった。素直に頷いたと思ったらこれだな」
「……まあ、最初から四対さん嫌がってたしね……。あの、エレベーターで揃った時点で約束を果たしただなんて言ってたけど、最初から食事する気なんてなかったんだね……。
そんなら烏丸さんなんか呼ばなきゃよかったのにね。あの人四対さんから呼び出されたってすごく喜んでたのに……」
「その後は俺がうまくやった。
割と喜んで帰ったぞ」
「そうなんだ。ありがとう。……あそうだ! ケーキ作ってね、冷蔵庫に入れとかなきゃ」
香月は一安心し、リビングに置いたままのケーキの箱を冷蔵庫に入れるために部屋を出た。
巽はケーキなど甘い物が嫌いだ。
それを考慮して、生クリームは一切乗せず、フルーツだけをスポンジに挟んだ、ケーキというよりはフルーツサンドと称する方が正しいスゥィーツになっている。
ホールの4分の1だけカットし、四対が電話一つで持ってこさせた箱に入れて帰って来たのだが、朝はやはり食べそうにないなと判断し、一旦冷蔵庫に入れようと扉を開けた。
「…………なに……これ……」
思わず口に出た。
透明の小さなガラス製のボール、バカラの器に入ったナッツに丁寧にラップがかけられている。
取り出してよくみる。
まさか、という予感が走り、システムキッチンの上を見渡した。
布巾が綺麗にタオル掛けにかけられている。
その掛け方が香月の雑な性格とは全く違うことに、一番に気付いた。
次いで、調味料の位置やシンクの中、残飯を入れているダストボックスも次々確認する。
ここで……ナッツを器に盛り、リンゴとパイナップルとキゥイを剥き、綺麗にシンクを掃除して帰った女がいる。
思わずナッツの器をシンクの隅に投げつけた。
呼吸が乱れ、口を開かないと、酸素を吸入できない。
香月は涙目で急ぎ足で寝室に戻り、ドアを乱暴に開けた。
「誰!? ここに入ったの!!」
悲鳴にも似た声が、寝室中に響く。
巽は予測していたかのように、薄暗い中、裸の上半身だけ起こしてタバコを吹かしていた。
「ここは俺の家だ」
「…………」
たった一言そう言われただけで涙が流れた。顔が震え、身体が震え、ぼやけた視界の中、巽を見つめることしかできない。
「……お前が俺にしたことと同じだろうが」
「……何が? 四対さんが? 何でよ。違うじゃん!! 全然! 四対さんはあなたも知ってて、知り合いじゃん! あの人は大丈夫だって、あなた言ったじゃん! 四対さんと私がそんな関係になるわけないじゃん! 」
大声で、言い切る。
「俺と烏丸もそういう関係になったわけじゃない。
ただそこで飲んで帰っただけだ」
「……なんで家でなのよ……」
「お前も家に行っただろう? 俺を攻められはせんと思うがな」
人を使って調べられていたことに、信用されていなかったんだという悔しさがこみあげる。
「家って……、いつも住んでる家に行ったのとは全然違うよ! 」
自分で言っておきながらも、若干首を傾げるセリフに、やはり巽は
「烏丸が俺と何かあると思うか?」
と澄んだ声で聞いた。
「……私はあなたを信じてるから、ないとは思うけど……」
「それと、同じだ」
「全然違うよ! 四対さんはあなたもよく知ってるじゃない!!」
「お前に手を出さないということをか? だが俺は言ったぞ、お前に。
あいつの態度は気に食わない、と。お前も聞いていたはずだ」
「…………」
そういえば、時計をつけたのに態度が変わらないのが気に食わないって言ってたっけ……。
「人が嫌がることを平気でするということは、そういうことだ。
実感しただろ」
「そのためだけに烏丸さんをここへ呼んだの?」
香月はバカバカしいとでも言いたげに涙目で巽を睨んだが、
「そうまでせんと分からんのはお前の方だろうが」
と、言い返される。
「んじゃあ、烏丸さんが勘違いしたらどうなるのよ!!」
烏丸はあんなに四対を望んでいる。そんなことあるはずがないが、一応、巽の意見を聞いた。
「キスして、適当に言い訳して、そのままにする」
「………………」
「いつものお前と、やり方は同じだ」
巽は裸のまま立ち上がると、香月などいないかのように隣をすり抜け、寝室からすっと出て行ってしまう。
どうしようもない、もやもやとした想いを吹っ切れずに巽が通り過ぎて、随分経ってから後ろを振り返った。
だがその時にはもう、バスルームからシャワーの水が流れる音が聞こえていて、話し合いなどできる雰囲気ではない。
「…………!!」
まさか、巽の方がその身体の痕跡を消すつもりなのかもしれない。
それに気づいた香月は、廊下をどんどん進み、バスルームの引き戸をためらいもせずにガラリと開けた。
「…………」
「…………何だ?」
シャワーを頭から浴びながらも、こちらの顔を確認して、尋ねる。
香月は、言葉にならずに、すぐに閉めた。
しかし、内側から力強く戸がスライドしたと同時に、顔にシャワーの湯を浴びせられた。
「わっ!! 何!?」
香月どころか、その辺り中がびしょ濡れだ。
抵抗する間もなく、右腕を取られ、ぐいと引っ張られてタイツのままバスルームに入ってしまう。
「四対のことは、信用している」
しっかり目を見て言い切られる。
だが、逆に、お前のことは信用できない、と言われているような気がした。
「とっ、友達だよ!! 今日だって、2人でケーキ作ったんだから!! あなたが甘い物嫌いだって言ったら、違う物にしようって提案してくれたりしたんだよ……。
結局ケーキになったけど」
「あいつが、俺のために?」
言いながら、濡れた服を脱がせようと、前面から抱きしめるようにワンピースのファスナーを下げてくれる。
「あいつが俺のためにってなるとちょっと違うけど。私がケーキ作るって言ったら手伝ってくれたの」
ワンピースはパサリと下に落ち、次に下着に手がかけられる。
「お前はそういうのに弱いからな……」
「…………」
知ってて、一緒にはしてくれないんだ……。
「……今日はクリスマスだ。多めにみてやる」
全裸になるなり、香月はその固い大きな身体に抱き着いた。
「……夜、帰って来るの?」
上目使いでしっかり見つめる。
「あぁ、そのつもりだ」