涙と、残り香を抱きしめて…【完】

「出て行くって…どこに行くんだ?」

「…東京に…戻る」

「東京?なんでだ?
大学はどうするんだ?」


矢継ぎ早に質問する俺の顔を見ながら切なげに笑う安奈。


「暫く休むことにしたの。
大学には今日、休学願出してきた。

ママの反対を押し切って決めた大学だから卒業はしたいけど、今はどうしてもやりたい事があるから…」

「やりたい事って、なんだよ?」


訝しげにそう訊ねると「う…ん。仁君と同じだよ。悔いを残したくないし…」と意味深な事を言う。


俺と同じ…?


その時、いつまでも子供だと思っていた自由奔放で気の強い安奈の横顔が、とても大人びて見え、初めて安奈に"女"を感じたんだ…


父親より、好きな男を選んだという事か…


安奈に限って、そんな事はありえないと思っていたが、やっぱりお前も"女"なんだな…


大切な娘がどこか遠い所へ行ってしまう様な気がして、堪らず安奈の肩を抱き寄せる。


「もう、痛いよ…仁君」

「我慢しろ!!」


そうだ。俺の胸の方がずっと、痛いんだからな。


「なぁ、安奈…これだけは忘れるなよ。
何があっても、お前は俺の大切な娘なんだからな」

「ヤダ、仁君たら、何言ってんの?
そんなの分かってるわよ」


いつもの安奈に戻りケラケラ笑う姿に胸が熱くなる。


だから…聞けなかった。
お前の心を奪った男の名前を…


ただ、俺が想像したヤツでは無い事を祈るばかりだ…



そして、次の日の朝早く
安奈は小さなキャリーバックを引きマンションを出て行った。


その後ろ姿に心の中で話し掛ける。


幸せになれ…安奈。
でも、嫌な事があったら、いつでも戻って来い。


俺は一生、お前の父親なんだから…


いいな。




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