涙と、残り香を抱きしめて…【完】
汗に濡れた髪をかきあげながら振り向いた星良の顔は鳩が豆鉄砲をくらったみたいな間の抜けた表情だった。
「仁?どうしたの?」
「んっ?ちょっと最近、運動不足でな。鍛えに来た」
「その格好で?」
スーツ姿の俺を見てクスリと笑った星良は、とても眩しく輝いて見えた。
「頑張ってるみたいだな」
「せっかく貰ったチャンスだもの出来る限りの事はやっておきたいから…」
「そうか…。で、何時までやるんだ?」
「えっ?」
不思議そうに俺を見つめる星良。
「少し話したい事があるんだ」
「…話し?」
「そう。大切な話しだ」
今度は戸惑った様に俺から視線を逸らし「私も、仁に話しがあるの」とやっと聞き取れるくらいの小さな声で言う。
「じゃあ、着替えて来いよ。駐車場で待ってるから」
「…はい」
星良がタオルを持ち走り出す。
そして階段を下りようとした時、星良が一瞬、足を止めこちらを見た。
その顔を見た俺は、なぜか言い様のない不安に包まれゾクッとした。
星良は笑顔だった。
なのに、どうしてこんな気持ちになるんだ?
自分でも理解出来ないこの不安な気持ち
それを打ち消す様に俺は首を大きく左右に振り、駐車場に急ぐ。
「失礼…します」
助手席のドアを開け、星良が遠慮気味に乗り込んできた。
乾ききってない髪からは甘い香りが漂ってくる。
「シャワー浴びてたから…遅くなって…」
「いや、いいよ」
星良の横顔をチラリと見て「腹へってないか?飯でも食いに行くか?」とさり気なく誘ってみる。
当然、頷くものだと思っていた。だが星良は俺の誘いをキッパリ断り俯きながら言う。
「今、モデルスクールの先生に言われてダイエット中で…
だから食事はカロリー計算しながら自炊してるんです。すみません…」
やけに他人行儀な言葉使いに少々、違和感を覚えたが、あえてそれには触れず車を発進させた。
「じゃあ、マンションに帰るか…」