涙と、残り香を抱きしめて…【完】
激しく降り出した雨を避ける様に、私と明日香さんは車へと走る。
「新井君はどこ行ったの?」
「あぁ、あの子には、ちょっとした指令を出しておいたの。
雨も降ってきた事だし、そのうち戻って来るでしょ」
指令?何それ?
車の後部座席に勢いよく乗り込むと、髪から滴り落ちる雫をハンカチで拭う。
「で、どうするの?
専務の事、諦めるつもり?」
「あ…」
髪を拭く手が止まり、そのまま力が抜けた様にストンと膝の上に落ちた。
諦めたくない…
それが本心だった。
でも、私の真剣な告白さえ相手にしてもらえなかったんだ。
仁が振り向いてくれる可能性は無いに等しい。
「明日香さん、私、どうしたらいいのか分からないよ…」
虚ろな眼でため息を付くと、明日香さんが豪快に笑いながら私の背中をバンバン叩く。
「ゲホッ…!!」
「もう!!辛気臭い顔しないの!!
今、専務の頭の中はショーの事で一杯なのよ。
ショーが終われば、ちゃんと話し出来るって!!」
「そうかな?」
「そうよ!!星良ちゃんの為に離婚しようとしたのよ。
そんなすぐに忘れられるワケないじゃない!!
8年間あなた達の事見てきた私が言うんだから間違いない!!」
明日香さんの自信に満ちた顔を見てると、なんだか本当に大丈夫かも…なんて思ってしまうから不思議だ。
「で、もう一つの問題なんだけど…」
「もう一つ?」
「もうヤダ!!成宮さんよ!!
彼と安奈さんの関係もハッキリさせないとね」
「あっ、うん…」
そうだった。成宮さんの事も曖昧なままだった。
すると明日香さんが「それはもう手を打ったから、任せといて」と、また自信満々の顔をする。
「手を打ったって…どういう事?」
嫌な予感がして探る様に訊ねると、明日香さんがニンマリと笑った。
この笑顔…
この笑顔は、ヤバい。
明日香さんが悪巧みしてる時の顔だ…