AAA - ノーネーム -
アスカルの顔色を伺う勇気はなかった。だが俺が手を離してもアスカルは殺せと言わない。俺の行動は間違っていなかったのだろうか、と俺はゆっくり息を吐いた――その時。
鈍い銃声が路地に鳴り響いた。昼間の明るい日差しが届かない路地に、硝煙の香りが立ち込める。俺の腕の中にいた女の子はぐったりとその身体を先ほどまで自分を殺そうとしていた俺に、預ける。
預けるしか、ない。
無力な身体には言う事を聞かせる意思が働いていないのだから。
「殺したくない、とは言うな」
「アスカル」
「お前がそれを言ったら終わりだ」
何が終わると言うのだろうか。アスカルには聞きたい事が山ほどあったけれど、女の子を殺されたショックで思いを上手く言葉にする事が出来なかった。今まで仕事とは言え人を殺め続けた奴の言葉とは思えないだろうが、ショックだったのだ。
俺は、俺以外が殺した人を見るのは初めてだったから。
アスカルは俺を気にせずどこかへ電話を始めた。私用の電話か、組織への報告かは分らない。だが彼の電話はすぐに終わる。今回も二、三言喋っただけで通話を終えてしまった。
「行くぞ」
「この子は」
「いつも通り組織が片をつける」
「組織」
「分かったら早くしろ」
俺は腕に抱いたままの女の子をそっと地に降ろした。彼女の死は俺が今まで恐ろしい事をしていたのだと気付かせてくれた。今さらそんな事に気がついても遅いのかも知れないが。
「アスカル、もう人を殺したくない」
「それは言うなと、言っただろう」
「これを言えば、俺は殺されるのか」
「殺されるんじゃない、壊されるんだ」
嫌な表現を使うものだ。
殺されるのか壊されるのか、どちらの方が悪い結果なのだろうか。生きて尚、心も脳も壊されて殺しを続けるのと、命は捨ててしまって、自由にもなれない闇に住まうのと。
「お前はさっき、俺に向かって人の気持ちを考えた事があるか、と聞いたな」
アスカルは腕時計を見て時間を確認した。今日最初に男を殺してから、もう十分程で二時間経った事になる。次のターゲットは地下鉄で二時間後、アスカルはそう言っていたから、きっとそれが気になるのだろう。彼はいつも仕事に真面目な男だから。
そう、いつも。
「俺は友人を45回殺した。次で46回目になる」
「どういう意味だ」
「その意味が分らないお前に、さっきの言葉を言われたくない。お前こそ、早く進化しろ。毎回お前を殺す俺の身にもなれ、馬鹿者」
「お前の友人なのか、俺は」
「思い出なんて何一つないがな。五年も一緒にいたら、情も湧くと言うものだ。お前との友情はない。だが、俺にはお前は友人だ」