結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】
同級生が次々と就職を決める中 じっと機会を待っていた僕のもとに
待ちに待った採用があるとの知らせがもたらされたのは 年も明け
卒業目前のことだった
父が僕のために何かをしたわけではないのに 事前に情報をもらっていたことに
最後まで拘っていたが それもなんとか頭の中で消化し 自分の力を信じて
採用試験に臨んだ
一次試験を通過し 二次試験も合格したと通知をもらった数日後
僕はかなりの緊張を抱えてあの博物館の一室にいた
「やぁ 来ましたね 君には以前いろいろ聞いているから
今さら特に聞くこともないが そちらから何か質問があれば聞きますよ」
今日の館長は 第一印象とは違い 初めから穏やかな顔で話しかけられた
館長面接が一番の難関だと 最終まで残った受験者の中では囁かれていたが
その点僕は有利だったのかもしれない
こちらからは特にありませんと伝えると では一緒に働ける日を楽しみにして
いますと 驚くような返事が返ってきた
「お父さんも立派な方だ 私も君には期待しています 頑張ってください」
館長の言葉に納得できないものを感じ 僕は思わず 面接の受け答えに
あるまじき話し方で疑問を切り出していた
「お聞きしたいことがあります」
「なんだろう まさか断られるんじゃないだろうね」
「いいえ そうではなく……
僕のことは 父の存在が関係しているのでしょうか」
「君のお父さんが 君の採用に関与したかということかね」
「そうですが あの 何て言ったらいいのか
父が何らかの働きかけをしたとは思っていません ですが……」
館長は椅子から立ち上がると なるほどねぇ……と言いながら窓辺へと
歩み寄った
こんなとき煙草を吸えないのは手持ち無沙汰だねと ここは全館禁煙であると
説明しながら 取り出しかけた煙草の箱を戻すと そのままズボンのポケットに
手を入れた
「私たちは 大学の成績や こちらが行った試験から
君が合格に値する結果だったから採用を決定しました
それから 父さんと話をさせていただいたことも含めて
この方の息子さんなら間違いないと判断した
もちろん君自身も対面したときの様子から この人ならと思えたがね」
「父の人となりを感じて頂いたから 僕の採用が決まった
そういうことですか」
「平たく言えばそういうことになるでしょう……
遠野君 この職場には非常に重要な物がたくさんあります
それらを扱う職員には 絶対のものが要求される わかりますか」
「信用……ですか」
「うん 君たち学生には知識はあるだろうが信用はない
ではそれをどこで確信するか それは私たちの判断に任されています」
館長の言いたいことはわかるが どうしても父のお陰で採用が決まったようで
気持ちの錘が取れなかった