もっと美味しい時間  

狭い空間の中にいると、外にいる時よりも息苦しくなる。
慶太郎さんの腕を掴んでいた手を緩めると、スッと腕を抜かれてしまう。それを少し寂しく感じていると、今度は慶太郎さんから指を絡めるように手を繋いできた。
驚き顔を上げて慶太郎さんを見るも、エレベーターの階数を表す数字を見上げていて、その顔をハッキリ見ることは出来なかった。
またしばらく沈黙が続く。
チンっと音がなり慶太郎さんが住む階に到着すると、慶太郎さんが私の手を引くように歩き出した。

一歩ずつ玄関のドアが近づくに連れて、ドキドキと鼓動が速くなる。
期待と拒否が鬩ぎ合って、身体が痛むほどだ。
慶太郎さんがドアのカギを開けると、大きく息をする。
ドアが開いた瞬間、私を押しこむように中に入れると、あっという間に後ろから強く抱きしめられてしまった。
こう来るだろうと少しの予感があったからか、意外と冷静な自分に驚いてしまう。いつもの私なら、声を上げていただろう。

「もうこうやって、俺に抱きしめられるのは嫌か?」

「…………」

嫌なわけないっ。今だって私は、慶太郎さんが大好きなんだから……。
そう素直に言いたいのに夕方のことが脳裏に焼き付いていて、言葉にできない。
背中から伝わる温もりに、涙が出そうで身体が小刻みに震えだす。
でも今ここで泣いて、弱みを見せるのは嫌だった。
奥歯をぐっと噛み締め必死に堪えると、抱きしめられている腕の力が緩められていく。
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