もっと美味しい時間  



『小麦の風』で倒れてから10ヶ月。

6月に入り梅雨入りもしたというのに、今日は雲ひとつない晴天に恵まれた。
私の日頃の行いが良いからかしら?
目の前にある大きな姿見を見つめウフッと笑みを漏らすと、ゴンッと頭を殴られた。

「痛いっ!! もう邦男さん、何するんですかっ!?」

ズンズン痛む頭を擦り涙目になりながら振り返ると、眉間にシワを寄せた邦男さんが、腕を組んで私を睨んでいた。

「ねぇ百花っ!! あんたは何度言えば分かるのかしら。私の名前は、す・い・かっ!! 水華って呼びなさいっ!!」

真っ赤になって叫ぶ邦男さんを見て、また笑いが込み上げてきてしまった。

今私は、神戸の邦男さん……じゃなかった。水華さんの店で、水華さんがデザインをしたウエディングドレスに身を包んでいた。
それは、背の低く幼顔の私にも似合うシンプルなデザインで、いつもよりも幾分大人に見えた。

「いつも思うけど、水華さんの言う通りの物を身に纏うと、全然違う私になるからびっくり」

「当たり前でしょ。私はプロなの!! あんたと一緒にしないでちょうだいっ」

そう言いながら私の胸元に手を伸ばすと、う~んと頭を悩ますような顔をした?

「どうしたの?」

「この前の試着の時より、胸が小さくなったわね。まぁいずれ縮むだろうと予測して作ったけど、こんなになるとは……」

まるで見てはいけない物を見てしまったように目を伏せると、大きな溜め息をついた。






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