もっと美味しい時間  

「はい、これ。百花ちゃんが買ったお菓子」

慶太郎さんに袋を渡すと、櫻井京介は先に家へと戻っていった。
ど、どうしよう……。
慶太郎さんの前に一人残されてしまい、心が動揺してしまう。
なにか話さなきゃと思うのに、うまく言葉が出てこない。

「帰るぞ」

慶太郎さんがぶっきらぼうにそう呟くと、クルッと向きを変えて歩き出す。その三歩後ろをちょこちょこと着いて行く。
本当は横に並んで歩きたい。出来れば手だって繋ぎたい。
春も終わりに近づいてきてるというのに、今日に限って何でこんなに寒いんだろう。
前を歩く慶太郎さんの背中に手を伸ばしかけて、引っ込める。
安心できる温もりが欲しいのに、今は素直になれない自分がいた。

「何でそんな後ろ歩いてんの?」

慶太郎さんが振り向きもせず話しだす。
わがまま言ってる私の顔なんか見たくないとか?
勝手な思い込みで、ひとり落ち込む。

「聞こえなかった? 早く隣に来いって言ってんのっ」

いつもと少し違う口調に、戸惑う。どうしようかと迷っていると、突然振り向いた慶太郎さんに腕を掴まれ強く引き寄せられてしまう。
あっと思う間もなく大きな胸に抱かれると、いつもの匂いが鼻を掠めた。

「何、京介と楽しそうにしてたんだよ」

慶太郎さんの匂いに浸りかけていた私に、頭上から重たい声が掛かる。

「楽しそうなんて。普通に買い物してただけだし……」

「じゃあ、京様って何?」

いちいち突っかかるなんて、慶太郎さんらしくない。どうしたっていうんだろう。

「櫻井京介ってフルネームは嫌だって言うし、なかなかいい呼び方が見つからなくて。で、ふと浮かんだのが“京様”だったの……」

「ふ~ん……」

あれ? 慶太郎さんがこんなこと聞くなんて……。そんな納得いかないような返事するなんて……。
もしかして慶太郎さん……。
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