饅頭(マントウ)~竜神の贄~
 森の神殿では、祭壇の前で神明姫と老神官が向かい合って座っていた。
 神殿といっても、ここは建物などなく、ただ石畳に祭壇があるだけのスペースだ。

 老神官は、頭上を見上げた。
 月が、そろそろ木々の間から姿を現す。

 祭壇のちょうど真上には、そこだけ木々がなく、空が見えている。
 その僅かな空間に月が姿を現したときが、すなわち竜神が姿を現したときなのだ。

 老神官は、静かに立ち上がると、祭壇に用意していた小さな銀の器を取った。
 それを、神明姫に差し出す。

 器の中には、強い酒が入っている。
 僅かな量で、意識が混濁するような代物だ。
 これで夢うつつのうちに、事を済ませてしまおうという配慮だ。
 生け贄の恐怖をなくす目的でもあり、神官の負担を和らげる目的でもある。

 神明姫は、銀の器に口を付けた。
 ほんの僅か、口に含んだだけで、たちまち身体が熱くなる。
 酒に触れた部分が、あまりの度数に痺れていく。
 火の蛇でも呑み込んだようだ。

「・・・・・・っ」

 思わず噎せそうになったが、まだ理性が残っているのが自分でもわかる。
 このままでは、恐怖で取り乱してしまいそうだ。
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