二度目の恋
「六十か!俺は、七十だ。お互い年取ったな」
「ええ……」
 二人は歩き始めた。
「あの~」
 その時、二人の背後から声がした。二人は振り向いた。
「あの~、橘、橘愁さんですか?」
 三十半ばぐらいの女だった。
「ええ……」
「やっぱり。何て今日は運がいいのかしら。私、先生の小説のファンなんです」
「ああ、どうも」
 私は思わず素っ気無い返事をしてしまった。
「すみません、握手してもらえますか?」
「ああ、いいですよ」
 私はにこやかに笑い、答えた。
「あの~一つ聞いてもいいですか?」
 女は聞きづらそうな顔で言った。
「ええ」
 私は少し女の表情が気になったが、返事をした。
「何で、十年前に引退したんですか?」
 私は少し顔を強張り、女は私の顔を見て、すぐさま自分の言葉を訂正した。
「ごめんなさい、初めての人にこんな事聞いて。私、興奮してるんだわ」
「何であなたは、私の顔を知っているのですか?」
 私は聞き返した。。
「随分前に、雑誌に載っている先生を見たんです。その時より大分皺が寄ってるけど間違いないなって思って、声かけました。でもよかった~、声かけて。やっぱり今日は運がいいわ。最高な日です」
「それはよかった」
「私の、最高のクリスマスプレゼントです。ありがとうございます。長々と私ばかりしゃべって……それでは、よいクリスマスを」
 女は笑顔で言うと、歩いていった。私と高山さんも歩くことにした。
「そうか、今日はクリスマスイブか」
「ええ」
「村が賑わってるわけだ」
 雪は散っていた。霧も薄く流れていた。
「サングラス、かけていいですか?」
 私は言った。
「ああ」
「雪が眩しくて……」
 私は皮のジャンパーの内ポケットから、サングラスを出してかけた。
「十年前、お前は何で突然引退した?」
 高山さんは尋ねたが、私は答えることが出来なかった。
「また黙るのか。おまえはいつもそうだ」
 何も答えられない。だが私は沈黙を破ぶり、口を開いた。
「私が……美月を殺しました」
 高山さんは、驚いて私を見た。
「美月を、殺しました」
 私は言った。
< 145 / 187 >

この作品をシェア

pagetop