二度目の恋
「愁はいつもリュウと一緒だもんな」
 愁が頷いた。
「リュウが好きか?」
 愁が頷いた。
「パパもリュウが好きだ。リュウがいるとパパの気持ちも和む。でもな、これはパパの我侭なのかもしれないが、今日はみんなと話をしたいんだ」
 亨は愁を心配そうに見た。
「愁もパパ達の話、好きだろ?」
 愁は大きく頷き、亨は愁の頭を撫でて言った。
「ごめんな」
 愁は頭をあげ、笑顔を零した。
「よし、元気になった。早速だがママの様子を見てきてくれ」
 愁は席を立ち、台所へ向かった。
 廊下の隅から台所の様子を窺った。恵子は鼻歌を歌いながら、食器を洗っている。愁の気配に気づく様子も無かった。
 愁は深刻な顔をして亨の所へ戻ってきた。
「どうだった?」
 亨は愁の深刻な顔に驚き、少し戸惑いながら聞いた。だが愁は突然笑い、OKサインを出した。亨にも笑顔がこぼれた。
「よし、ゲームはもう開始している。愁、これから足音を出すな。瞬きをするな。息もなるべく堪えろ。さぁ、玄関へ向かうぞ」
 亨と愁はそっと歩き始めた。足音を立てず、瞬きもせず、息も堪えて玄関へ向かった。だが、愁の後ろからミシミシと足音が聞こえる。
 愁はそぉーと後ろを振り返った。するとリュウも愁の後ろを歩きついてきていた。愁は慌ててリュウに向かって手を翳(かざ)し、ストップの合図をした。すると、リュウは歩くのを止め、しゃがんだ。
「いい子だ。そのまま、そのままずっと、そこに座っていて」
 愁は願い言った。亨は胸元に手を当て、ホッとした表情を浮かべた。そしてまた二人は歩き始めた。少しづつ、二人、玄関へ向かった。
 その時突然リュウが立ち上がり、大きな口を開けて吠え叩いた。愁と亨はその声にビクつき、背筋をピンと伸ばして立ち止まった。二人は顔を見合わせてから、同時に後ろをそっと向いた。そこには舌を出し、尾っぽを振ったリュウの姿があった。そしてまた二人は同時に前を向き、生唾を飲み、一斉に玄関へ向かって走った。その姿にリュウが何度も何度も吠え続けた。
 二人が玄関へ辿り着こうとした時、「あなた!」という怒鳴り声が聞こえてきた。それは、リュウの吠えた声が台所まで聞こえ、恵子が亨の企みを感じ取った怒鳴り声だった。
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