二度目の恋

第十九章

 山を自転車で走り抜けていた。愁が自転車を漕ぎ、健太郎がその後ろに乗っていた。木々の隙間から日が漏れ、二人にあたった。愁は神霧村に向かっていた。暫く帰っていなかった。暫くと言っても全く帰っていないわけではない。数カ月ぶりと言うだけの話だ。だた、村に帰る回数は多くはなかった。愁は村を出てもう八年は経つ。その八年、いや、あの事件以来全て空白に等しかった。恋をしたわけでもなく、友達が出来たわけでもない。いや、友達は一度できた。でも、すぐ喧嘩して会わなくなった。愁は何かを得るために八年前に村を出た。だがその八年は前以上に空白に等しく、何もない時間が過ぎていってしまった。一つ変化があるとしたら、小説家としてデビューしたことだ。それも、自分自身の苦しみを逃れるだけのことだ。健太郎と出会って愁は何かが変わる予感がした。その根拠は何もない。単なる直感だ。
 愁と健太郎は山道を自転車で走っていた。愁は懸命にペダルを漕ぎ、健太郎は後ろに座っていた。「愁、後どのぐらいで着くんですか?」健太郎は後ろから声を張り上げていった。「アン?どのくらい?まだまだー。ちょっと敬語も止めてくれ。僕は敬語が嫌いなんだ」愁は健太郎の声が風に靡いてよく聞こえなかったが、微かに聞こえた声を頭で整理して答えた。風は靡いた。自転車を漕ぐ足は止まることはなかった。
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