二度目の恋
 父と釣りに行くのは初めてだった。父の足取りは軽く、まるで子供の頃に戻っているようだ。キャップ帽子をかぶって、肩には釣り竿を背負い、父は薔薇山へ入って行った。私も少し父の後れを取って、薔薇山へ入って行った。神秘的な山の朝の風景だった。辺りには霧が渦巻き、小鳥のさえずり声が遠くから聞こえてくる。父はもう遠く、霧に埋もれて消えかけていた。
 私は少しゆっくり歩いてみた。静かだが、いろんな声が聞こえる。私の目に風がよぎった。風を追ってみた。いろんな木に触れてみた。さまざまな草や花を感じた。空から滴が落ちて、顔にあたった。不思議だった。この山すべて、まるで私の掌(てのひら)に乗っているようだった。ちょっと、嬉しくなった。
 遠くから父の声が聞こえる。私を呼んでいた。父の姿は見えなかったが、私は声が聞こえる方へ、近づいていった。父の声はよく聞こえたが、姿は一向に見えなかった。
 霧がもっと深くなったころ、人影がうっすらと見えてきた。父だ。私は父に近づいた。父は私の肩に優しく手を置き、そっと言った。
「着いたぞ」
「えっ?」
「秘密の場所だ」
 湖など、どこにも見えない。
「この道から外れる。まわりはお前の背丈ほどある草ばかりだ。おまけに木の根っこも、地面から飛び出している。お前なんか、瞬く間に飲み込むほどの根っこだ。誰も近づいたことがないんだ。ここから先は危ないから、パパの後をついてこい」
 父は私の頭を軽く撫で、草むらへ入って行った。私も父の背中を追うように、草をかき分けて入った。
 長かった。草をかき分けてもかき分けても、何も見えない。草ばかりだ。おまけに突然木や木の根っこが現れて、私の邪魔をした。それでも私は草をかき分けて、父の跡を追った。
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