二度目の恋

第三章

 愁は深い眠りについていた。柔らかな布団に包まれ、部屋の窓は少し開いていて、その透き間から青臭い風が愁のからだを覆った。とても気持ちいい。
 愁の部屋のドアが開いた。すると亨が顔を覗かせる。亨はベッドに横たわっている愁の姿を確認すると、部屋の中に体を入れた。亨はパジャマを着て無く、かといって部屋着を着てる訳でも無かった。下はジーンズ。上はベストを着込んでいる。
 亨は愁に近付くと、体を揺すった。「愁。愁」何度も揺すり、何度も呼んだが愁は起きない。更に体を強く揺すり愁を起こした。すると愁は微かに目を開け、目を擦った。何事か把握出来なかった。長い沈黙があった。暫くして、やっとベッドの横に誰か立っている事に気づいた。「パパ?」そう呟くと「さあ、行こう!」亨が言った。また愁は目を擦り、長い沈黙があった。そしてまた口を開いた。「何処に?」愁が言うと「いいから早く着替えろ」亨は言った。愁はベッドの横にある、目覚まし時計に目をやった。まだ四時前だ。「何処行くの?まだ外も暗いし……」愁はそう言うと「早く着替えろ」亨はすかさずそう言った。「やだよ。明日学校があるもん」愁は全く行く気など無かった。誰がこんなに朝早く、何処に行くかも分からないのに、出掛ける気になるだろうか。「釣りだよ。釣り」亨は言った。「釣り?」<僕が例え十二才の子供だとしても、明日は学校があるんだ。誰が釣りなんかに……>愁は思った。亨の突然の行動に、理解出来なかった。「いい所を見つけたんだ。秘密の場所だ。まだ、誰も知らないんだ。おまえとパパの秘密の場所だ」亨は興奮していた。愁には何故それ程まで興奮しているのか、分からなかった。<どうせ、また大袈裟(おおげさ)なんだ>愁は思った。亨は小さな事でも、大きく言っていた。「湖があるんだ」亨はすかさず言う。「湖?」愁はその言葉に少し反応したが<どうせ、何処かの池だろう。この村で湖なんか見たことない>少し考えてそう思った。「魚がいるんだ……いっぱい……愁に見せたいんだ……」行きたくない気持ちは変わらなかった。ただ、亨の懸命な誘いに、愁はベッドから足を下ろした。『愁に見せたい』この一言に、いつも負ける。愁にとって、気持ちを変えられる言葉だった。亨の気持ちを考えると、行かずにはいられない言葉だった。そして愁は着替え始めた。
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