二度目の恋
 妖精は行進しながら、二人が座る巨大な岩の周りを囲み始めた。愁はその姿に微笑み
「目を開けていいよ……ゆっくり……ゆっくり……そっと……そっと……声を出さないで……僕を信じて……きっと、見えるから……」
 愁は優しく言い、美月はゆっくりと瞼を開けた。
 するとそこには、妖精がいる。全ての物が覆い隠すほど、妖精で埋め尽くされていた。美月はその光景に、驚きを感じたと言うか、ただただその感情が言葉に出ず、呆然と辺りを見渡していた。だが、目には涙を浮かべていた。
 美月は思いだしていた。母親のことだ。アメリカ人だった。とても綺麗で、誰もが認める美貌の持ち主だった。美月は母親が世界一の美人だと思っていた。
 美月の中の記憶が過ぎった。母親は雨の中、傘もささずに走っている。その顔は、とても悲しかった。その母親を、美月は懸命に追いかけていた。
 その記憶も消え、また新たな記憶が蘇る。父親の直也は、美月を殴っている。硬直する美月。涙は流さず、ただ体の震えだけが、染み込んでいる。美月は恐れ、見ている。その美月の目に、もの凄い形相で、直也が近付いてきた。
「ここは、いろんな思いを感じるんだ……」
 愁は、周りの妖精を見ながら言い
「美月は?」
 美月を見て聞いたが、美月は咄嗟に首を横に振った。
「なにも?」
 愁は不思議に思って聞くと、また美月は首を横に振った。
「悲しい……」
 美月は呟き
「えっ?」
 聞き取れなかった。
「悲しい思い出だけあるの、私」
 愁は美月を見た。
「ママが、一ヶ月前に死んだの。まだ私、ママを忘れられない……」
「僕もパパが死んだ」
 美月は驚き、愁を見た。
「でも、僕は悲しくないよ。だって、楽しい思い出ばかりだもん」
 その愁の言葉に、美月は笑顔になり
「愁って、面白いね」
 言った。愁はにこやかに笑った。それにつられて、美月は吹き出して笑った。美月が気づくと、辺りは薄暗くなっていた。
「いけない!パパが帰って来ちゃう」
「パパ?」
「うん」
「じゃあ、明日も会おう!」
 愁は大きな声で言った。
「うん!」
 美月も大きく頷いた。
「よし!走ろう」
 二人は一斉に立ち上がり、走り去っていった。
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