二度目の恋
勝手口を出た。家の裏は広大な山となっていた。その山がこの村と隣の町を行き交う、たった一つの道になっていた。ここは山と霧に囲まれた小さな村。神(しん)霧(む)村(むら)と言う名の村だ。その山の麓に愁の家があり、愁の家の裏庭が一面に畑となっていた。薔薇畑だ。
 そこに橘亨(とおる)はいた。愁は亨のいる方へ歩み寄っていた。色とりどりの薔薇が咲いている。それぞれの花の匂いを噛み締めて、亨は立っていた。
 その花の色と香りが辺りを覆った。愁は鼻から大きく息をした。亨はピンク色の薔薇に鼻をつけて匂いを嗅いでいた。愁は亨に近づいて呼んだ。
「パパ」
 亨は薔薇の匂いを嗅いだまま愁に話しかけた。
「やっと、完成した」
「うん」
「レンガをまわりに積み立てて、花壇を造ったんだ」
「うん」
∧そうだ、部屋を片づけるんだ∨愁は思った。だから亨を呼び止め話さなければならない。
「パパ?」
 愁は亨を呼んだ。だが、亨は聞く耳をもたなかった。
「レンガ囲って、畑に道を造る。みんながここに集まるんだ」
「パパ?」
「あともう一つ、この畑の真ん中に風車を立てる。風車といってもそんな大きいものじゃないけどな。その風車をパパが造るんだ」
 愁は亨の話を何度も止めようとしたが、亨はそんな愁に気づかないほど話に夢中になっていた。愁は諦めて亨の話を聞くことにした。それは決して珍しいことではなかった。亨は夢中になったら全く周りを見ないのだ。でもそれが亨の教えでもあった。いつも亨は愁に言っていた言葉がある。『ひとつのことをやりだしたら、最後まで夢中でやれ』だ。
「あと山に名前を付けよう。この薔薇畑は山の麓にある。そうだ!薔薇山(いばらやま)なんかどうだ?」
「いばらやま?」
「ああ。この神霧村に相応しい名だ。いい名だ」
「いい名だ」
 愁はちょっと気分がよくなり、続けていった。
「なあ愁、このピンク色の薔薇の花言葉知ってるか」
「花言葉?」
「ああ、花言葉だ。薔薇の花言葉は愛だ」
「愛?」
「パパは、全ては愛に通ずると思うんだ」
 亨はまた、薔薇の匂いを嗅いだ。ピンクの薔薇だ。
「赤、白、フルブラウン、黄色……そしてピンク。さまざまな色が薔薇にはあるが、その中でもパパはピンクが好きなんだ」
< 7 / 187 >

この作品をシェア

pagetop