Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
「ケイン、顔を上げて頂戴。無理はしないわ」

 ジョーンはケインに明るい声で応える。

 ケインが顔を上げると、ジョーンは笑顔を見せた。

「ずっと座っていたから、身体を動かしたいのよ。ヘレンと遊ぶくらい、いいでしょ?」

 ケインは膝を伸ばして、立ち上がった。すらりと長いケインの手足が滑らかに動く。

 誰よりも姿勢良く立っているケインの足元にヘレンが顔を擦りつけて、甘えてきた。大きな体に似合わず、ヘレンは甘えん坊だった。ケインが長い足を折ると微笑んだ。ケインの大きな手がヘレンの頭と首を撫でた。

 ヘレンはケインを気に入っており、甘い泣き声を上げては、尻尾を振って近寄っていた。

(素直に甘えられるヘレンはいいわね)

 ジョーンは座ると、ヘレンの頭を撫でた。甘えたい時にケインの足にすり寄り、甘えられるヘレンがジョーンは羨ましかった。ジョーンには、したくてもできない行為だった。

 隣ではケインが、ヘレンを甘やかしている。

「とうとうスコットランドに来ちゃったわね。素敵な恋ができるといいな」

 ヘレンに向かって囁いた言葉は、虚しく空に消えていった。恋をする暇もなく、夫となる男が決まってしまった。

 決まってからでも遅くない。夫と恋をすれば良いと思った。

 ジョーンは顔を上げると、ケインの精悍な横顔を見つめた。優しく澄んだ青い瞳に、ジョーンの視線は惹きこまれていく。

(恋はすでにしていたのかしら)

 気づかないようにしていただけで、いつも傍にいてくれるケインに魅かれていた。これから先、ジェイムズに恋をするかもしれない。

 ジョーンは、ジェイムズの魅力的な部分を探し、好きになろうと努力している最中だった。なかなか見つからないけれど、いつかは見つかると信じて。
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