Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
「摂政職のマードックから話すのが筋でしょう?」

 ジョーンはマードックの手が外れると、二歩ほど後退する。

 ヘレンが警戒しているのか。マードックに向かって唸り声を上げていた。

「父から話は聞いていましたが、本当にお美しい方だ」

 マードックが大股一歩で、ジョーンのあけた距離の分だけ、詰めてきた。

「アルバニ公ロバートと直接、お話した覚えはないわ」

「ロンドンに行った際に、何度か宮廷で見かけたと」

 ジョーンは笑顔で再度後退して、距離をあける。あいた空間にケインが強引に割って入ると、背の低いマードックを見下ろした。驚いたマードックが、一歩後ろに下がってケインを見上げた。

 ジョーンの眼前にはケインの背中があった。大きくて広い背中だ。必ずジョーンを守ってくれるケインに、ジョーンは身体の芯からかあっと熱くなった。

「失礼ですが、王妃陛下にどういったご用件でしょうか」

 王妃の壁となったケインに、マードックは醜い顔を歪ませた。エレノアもマードックに対して聞こえよがしに、ジョーンに提案した。

「王妃陛下、そろそろ披露宴でお召しになるドレスに着替える時間でございます。お部屋に戻りましょう」

 マードックが不機嫌そうに舌打ちをした。

「もうそんな時間なの? マードック、悪いわね。続きは披露宴で話しましょう」

 ブラック家のジェームズ・ダグラスは少し離れたところで、ジョーンに会釈を送ってきた。ジョーンはダグラスにだけ、会釈を返すと背を向けて歩きだした。

(マードックの顔も見たくないわ)

 厭らしくて気持ち悪い男と話をしていたら、心が腐ってしまう。ジョーンは早足でマードックとの距離を広げていった。

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