Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
 ジョーンはケインから目を離すと、背を向けた。ベッドから足を出して、ヒールのない靴を足先に引っ掛けた。冷たい空気がジョーンの細い足を包んだ。

「ダグラスには、摂政職を約束したわ」

「陛下、なんてことを。摂政といったら、実質的に国王と変わらない身分ですよ。それに、摂政職というのは……」

「そうね。レティアの次に、ジェイムズを殺すように頼むと仄めかしていたのかもしれないわね」

 ジョーンは暖炉の前にあるソファに座った。ケインも後を追いかけるように、ベッドから降りた。大股で歩くと、ジョーンの隣に腰を掛ける。

 ベッドの上にあった服を掴んできたようで、ケインが頭から被ると、袖に手を通してした。

「ジェイムズが死んだら、まだ幼いロスシー公を王にするのよ」

 ケインが悲しい顔をしてジョーンの名を呼んだ。暖炉の炎が揺れるたびに、顔にある影も揺れた。

「こんな生活、いつまで私に耐えろと? ジェイムズの嫉妬は酷くなるばかり。寄ってくる人間は、誰一人として私を気遣ってくれる者なんかいない。心にもない褒め言葉を並べ立て、機嫌を損ねないように顔色ばかりを窺う。会話だって、嘘偽りばかりよ」

 ジョーンはソファから立ち上がって、早口で捲し立てた。怒りに任せた顔をケインに見られたくなかった。背を向けて、暖炉の赤い炎を見つめていた。
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