Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
 ジョーンを一人の女性として接してくれる人など、スコットランドにはいない。

 ジョーンを見て、口を開く人間は、願い事や無理な注文ばかりを言ってくる。友人と呼べる人間もおらず、心を開いて相談できる相手もいない。

 孤独に苛まれる心を笑顔で隠し、人々の願いを聞き入れる生活なんて楽しくも嬉しくもない。

「お喋りが楽しいと思っていたのは、いつの頃かしらね。もう昔すぎて覚えてないわ。王妃になって心から楽しんだのなんて、一度たりともないわ!」

 ジョーンは両側のこめかみを指先で押さえると、その場に座り込んだ。涙が溢れだしてくる。

 心は怒っているのに、瞳からは大粒の涙が零れ落ちていく。赤い絨毯の上に、頬を伝った涙が落ちては、消えていった。

 寂しい。ジョーンの心は寂しくて、悲しかった。人を疑ってばかりの毎日で、疲れていた。

「陛下の行いを責めているのではありません。窮屈な生活をなさっておられるのは重々承知です。ただ頼む相手を替えていただければろしいのです。ダグラスではなく、この僕に」

「ケインの手を汚したくないわ」

 ケインがジョーンの後ろにしゃがみ込むと、優しく肩を抱いてくれた。

「陛下の笑顔が一番です。僕に任せてください」

 ジョーンはケインの腕に触れた。筋肉のある太い腕は、服を上からでも温かかった。
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