Mezza Voce Storia d'Aore-愛の物語を囁いて-
 相手の一番痛い個所を突くのが上手な男だった。その逆も上手なのだろう。ケインだって、王妃との仲を言い当てられなければ協力などしなかった。

「成功したら、伯爵から侯爵にしましょう」

 トマスが満足そうに頷いた。ケインに口を開こうとすると、マイケルがトマスの腕を掴んだ。マイケルの片眉が上がると、首を小さく横に振った。

「駄目です。交渉には乗らない約束でしょう」

 マイケルの小声を、ケインは聞き逃さなかった。マイケルには最初から、交渉を聞く気などなかったのだ。何を言っても、耳を貸さなかった。

 トマスがにっこりと笑顔を見せると、マイケルの手を腕から外した。

「ケイン殿、気を悪くされないでください。私から皆を納得させますから」

 ケインは「お願いします」と目を伏せた。

 マイケルがあからさまに嫌な顔をするなり、椅子の背もたれに身体を預けた。腰につけている赤いタータンが見えた。

「交渉が成立した証拠として、トマス殿の一人息子をこちらで預かりたい」

 ゼクスが身体を前のめりになると、トマスに向かって口を開いた。

「ここには来ていないが、早馬を出して息子が教会に来るように手配しましょう」

 トマスがマイケルに視線を動かす。マイケルが、面倒くさそうに思い身体を動かすと、ドアに向かって歩き出した。

 マイケルには、さっきまでの気迫が全く失われていた。トマスの思いがけない行動に、苛立ちを通り越して、呆れているように見えた。

 トマスの視線がケインに戻ってきた。ケインもトマスを真っすぐに見つめた。マイケルが家臣に命令して戻ってくるまで、ケインとトマスは見つめ合っていた。
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