空色の瞳にキスを。
「ファイ。」

背中で聞いたその声には、聞き覚えがあって。

誰、なんて分かりきった質問はできなかった。

─ルグィンよりも少し低めの重くて、でもどこか明るいその声。

庭に広がる夜色をした草木を見ながら、闇色の髪をした少女は口を開いた。

「…ナコ?」


振り返って男を視界におさめないままそう問う表情は、酷く不安そうに。
だけど声だけは、確信を持っていて。

ファイの溢した小さな声は、夜闇に溶ける前に声の主が拾って。

草葉のざわめきの中、ゆっくり振り返った彼女が見たのは扉を背に立つ男の姿。

「─あ…。」

彼の雰囲気、背格好からすぐに彼は自分が口答えしたあの上官の後ろに控えていた青年だと気付く。
彼の背にした扉の窓から漏れた明かりが、彼の闇色の髪を照らして。
ぼんやりとした橙色のその光は、彼の顔に変化を足して。
影の際立つそれは、パーティーに隔離された静かな空間の中でどこか不気味に映った。

「久し振り。」

ファイが馴染みの友達であるかのように片手を上げて、あの明るい笑みを浮かべて近寄ってくる黒髪の男。

彼女が見る男の姿は、黒を基調としたタキシードに黒髪で明るい深紅の瞳。
姿はどこもあの黒猫の親友には似ていなくて。
だけど声が同じで、姿は違えど纏う明るい空気が同じで。

根拠のないに近い確信があって、肯定が返ってこなくても目の前の男がナコだとファイは認めていた。

─何を言われるの。

─何が狙い。


ファイのそんな警戒に、気付いた黒髪のナコは赤銅の髪の時と同じ笑い方をした。

「今日は俺、何もする気は無いぜ。

…ただ、あんたと話をしに来た。」

ふざけた内容を真面目な声音で紡ぎ出すナコの瞳をまっすぐに、ファイは射抜く。

明るい赤の偽の瞳には、嘘は映っていなくて。

しばらくしてファイは息に乗せた掠れ声を溢して、警戒を解いた。

「そう。」

少し風が出てきたのか、二人の髪や服の裾が揺れる。

「お、そんなに簡単に安心していいのか?

俺、嘘ついていてお前殺すかもよ?」

ニヤリと笑うナコの声音に、ファイは口元を緩めた。
殺されると言われた人間だとは思えない、淡い微笑み。

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