風の恋歌
しばらくしても、私はあの人の歌声が忘れられなかった。
だからときたまあの森に出かけるけれども、なかなか彼には出会えなかった。
命を奪うという人間。
人間という生き物が、あんなふうに歌えるとは思っていなかった。
それとも、彼が特別だったのか、そんなふうにも考えた。
それに、人間には見えないはずの私。
それなのにどうしてだろう。
私はあの時、彼が確かに私に微笑みかけたと思った。
目が合ったあの時、私には彼に自分の姿が見えていたように思えてならなかった。
もう一度会いたい。
もう一度あの声を聞きたい。
しばらくは、そんな思いでいっぱいだった。
あちこちを駆け回りながら、私はずっとあの声の持ち主のことばかり考えていた。
少しだけ時が流れて、菜の花が咲き乱れる季節、私は小さなミツバチ達と競うように、命の種を運んでいた。
菜の花だけではなくて、さまざまな花達が咲き誇る季節。
色とりどりの素敵な花達の、芳しい香りを運ぶのが、好きだった。
花々を揺らしては、私は花粉を運ぶ。
そうして、花々の新たな命を紡いでいた。