瑛先生とわたし

8 長谷川家のバロンの独り言



今日は良いお天気。

先生のお部屋の出窓もぽかぽか温かくて、ここでお昼寝するつもりだったのに、

それもできそうにないわね。

さっき、龍之介さんと蒼さんが一緒に来たんだけど、瑛先生にお話があるん

だって。

バロンも連れてきたから、話は長くなりそう。

でも、どんなお話が聞けるのか、ちょっと楽しみ。

バロンは龍之介さんの犬で、おじいちゃん犬なんだって。

大きくて動きもゆっくりで、ここにきても寝てばかりだから、わたしはあんま

り気にしてないけど。

透くんはさっきまでバロンと遊んでたのに、いつのまにか寝ちゃったみたい。

ふふっ、可愛い寝顔……

バロンも、透くんのそばにいるのが当たり前みたいな顔をしてる。

なんかイイ感じ。


イイ感じといえば、龍之介さんと蒼さんもそうね。

二人でときどき顔を見合わせて、なんか仲良さそう。

瑛先生も二人をニコニコしながら見てるわ。



「瑛、俺さ」


「うん」


「蒼ちゃんと結婚することにした」



えーっ!

結婚するの?

この前、ここで龍之介さんと蒼さんが抱き合って、そのときも えーっ! 

ってびっくりしたけど、

もっとびっくり。

わたしがこんなにあわててるのに、瑛先生は 

「そうなると思った。ゆっくり話を聞かせてもらおうかな」 なんて言って落

ち着いてる。

うんうん、わたしも聞きたい。

龍之介さんと蒼さんの恋のお話……







ふふっ、龍之介のヤツ、必死になって瑛に話しをしているな。

蒼が龍之介のそばにいてくれたら私も安心だ。

見た目はそれなりにいっぱしの大人だが、龍之介は案外頼りないところがある

から、若いがしっかり者の蒼に面倒を見てもらってちょうどいい。

私も蒼を気に入っている、いい子だよ。


まさか、私の言葉を理解できる人間に、まためぐり合えるとは思わなかった。

最近、龍之介がよく車に乗せる蒼は、いつも子どもと一緒だ。

まだ、おしゃべりもおぼつかない赤ん坊だが、これくらいの子が一番純粋な

んだ。

私が座席で待ってると、手を伸ばして触ってきた。

なでるというより叩く手は、正直心地良いとは言えないが、触らせるだけ触ら

せておけば、そのうち飽きてくるから気にしない。

子ども相手に不機嫌にはならないね。

ふと、渉の小さい頃を思い出した。


藍が生きていたころ、しょっちゅう私に会いに来てくれた。

息子の渉も赤ん坊の頃から知っている。

子どもは手加減ってヤツがわからないから、犬でも猫でも同じように扱うも

のだ。

マーヤは今でも子どもが苦手そうだが、私はそんなことはない。

まぁ、生きている年月の差もあるかもしれないがね。


だが、それだけじゃない。

藍は私の言葉を理解して、私によく話しかけていた。

『バロン、息子の渉よ。まだ幼いから何もわからないの。でも、バロンなら

大丈夫よね。仲良くしてね』

そう言われると、『よし、わかった。まかせておけ』 って気になったも

のだ。

犬の気持ちを理解する人間は滅多にいない。

瑛も多少わかるようだが、藍ほどではない。

長らく藍のような人間に会ったことがなかったが……



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