今夜 君をさらいにいく【完】
一歩前を歩く黒崎さんに思い切って挨拶してみた。
「く、黒崎課長おはようございますっ」
黒崎さんは振り返って私たちを見た。
横にいる三条君が、慌てて「おはようございまーす」と言っている。
「おはよう」
表情は一切変えないが、低くて落ち着きのある声は心地良くて私好みだ。
背が、私の頭一つ分くらい大きいので見下ろす感じになる。
「あのっさっきお腹の音聞こえちゃってましたよねぇっ」
私が明るく問いかけると、
「ああ聞こえてた。自己管理くらいしっかりしろ」
と、冷たくあしらわれ、さっさとセンターの中へ入っていってしまった。
慌ててバッグを漁ってICカードを取り出す。
その一連を見ていた三条君が言った。
「桜井さんってすごいですよね」
「え?何が?」
「だってあの黒崎さんに話しかけてるんですもん!普通恐くて話しかけられませんよ。仕事の時は仕方なくしゃべりますけど」
「そう?そんなに恐くないよ」
確かに顔つきは無表情だし恐いかもしれないけど、話しかけられないとか思ったことはない。むしろ色んな事を話してみたい。
仕事の事以外話した事がないからもっと知りたい。彼はどんな表情でどんな話をするのか。
そしてどんな笑い方をするのか。