もうひとつの恋
うるさい姉さんが静かになってホッとしていると、さとみさんが俺のシャツの裾をクイクイっと引っ張る。


俺は一旦ビデオカメラから顔を離すと、さとみさんの方に顔を近づけた。

さとみさんは俺の耳元に唇を寄せて、小さな声でそっと囁く。


「桜井くん……ごめんね?
なんかビデオ係みたいになっちゃって……

本当は私が撮るつもりだったんだけど、美咲が私だと背が低いから健太が綺麗に撮れないってきかなくて……」


そんな風に俺を気遣ってくれるさとみさんの気持ちが嬉しくて、俺は彼女を安心させるように言った。


「気にしないでください
健太のカッコいいとこ、きっちり撮りますから」


片目をつぶって、そう言うと、さとみさんは小さく「ありがとう」と言って微笑む。


その顔が見れただけで、俺は今日来て良かったと思った。


前を向いて舞台を見ると、すでに狼が手を白く塗ってお母さんのふりをしていた。


慌ててカメラを持ち直すと、狙いを定める。


健太の役は時計に隠れて生き残る一番小さい子やぎの役だった。


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