朱雀の婚姻~俺様帝と溺愛寵妃~
すると、胸に顔を埋めていた貴次の動きが止まった。


顔を上げて、泣いている柚を見下ろす。


貴次は柚を抑えつけながらも、そのまま数秒間柚を見下ろし続けた。


 そして、貴次は珍しく苦悶の表情を浮かべて柚の身体から身を引いた。


急に軽くなった身体に驚いて、柚は目を開ける。


するとそこには、片手で額を抑えて悔しそうな顔で佇む貴次の姿があった。


 柚が驚きながらも、上衣で胸を隠して身体を起こすと、貴次は苛立った様子で叫んだ。


「早く行け!」


 貴次の怒鳴り声に、柚の肩がビクっと上がる。


何が起きたのか理解する前に、とりあえず逃げなくてはと思い、柚は何度も転びかけながら走った。


 もう大丈夫だろうと思って振り向くと、遠くで貴次がじっと柚のことを見ていた。


睨みつけるように柚を見ている貴次の瞳からは一粒の涙が零れ落ちていた。
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