Trick or Treat!
 翌日、芽依のお迎えがてらあかりちゃんの元に行ったら、彼女はすっかり元気だけど、「どうせ旦那は明後日まで出張だから、今日は手抜きしたい!ピザでもたのもーっ!」と騒ぐので、結局芽依共々あかりちゃん家に泊まり、夜は二人で晩酌をしていた。

「へぇ、そんな事があったんだ。」

 晩酌のつまみがてらに山崎君とのことをかいつまんで報告した。酒の入ったあかりちゃんは、てっきりからかうかと思ったけど、意外なことにまじめに話を聞いてくれた。

「とりあえずおつきあいだけでもすれば良かったんじゃない?」
「そうは言うけどさぁ、相手は社内の人気者よ?こちらはバツイチ子持ちのおばさん。色々と怖いわ。」
「それはそうだけどさ…。」

 あかりちゃんはゆっくりと焼酎を飲み干す。彼女とは離婚後時折こうやって女子会(笑)を開く。

「まだ私ら35よ。アラフォーにすらなっていないんだから、恋愛ぐらいすればいいじゃん。」
「でもさ、彼、結婚したいって言ってきたのよ。そうしたら、早かれ遅かれそういう風になることを強く望んでいる訳じゃない。上手くいかなかったときに洒落になんないよ。若者の未来をつぶしたくなーい。」
「それだけじゃないでしょっ!」

 そういうと持っていたさきイカを私にぶつけてきた。酒が入っている分眼光が鋭いざんすよ~。

「あんた、芽依ちゃんのことも気にしているでしょ。」
「う……。」
「まぁそれは勿論当たり前なんだけどさ…。でも芽依ちゃん、あんたが思っているほど子供じゃないよ。」

 その言葉はちくりとささった。たしかに結婚するに当たってひっかかるのは年齢や何だというのはおためごかしだ。本当は芽依の反応が怖いのかもしれない。私にとって彼女は宝だ。その彼女は未だにパパを愛している。そこにいきなり新しいパパをつれてきたら、いくら少々大人びていると言われる彼女でも傷つくのではないか、と。

 芽依にそんな思いをさせるくらいなら、私は独り身を貫く。ただでさえもうすぐ多感な時期にさしかかる。血のつながらない異性が家にいることに抵抗が出てきたとしても仕方ないことだ。

 私と元夫との関係は崩れたけど、芽依とパパとは崩れていない。その証拠に授業参観とかは彼も顔を出す。そしてその後芽依と二人で食事に行っている。1回私も一緒に行った事がある。その時はもう私も吹っ切れていて彼を知り合いとして接することが出来たけれど、彼はそんな私に若干不満があったようで、聡い芽依がなんとか上手く立ち回ろうと気を利かせる姿がいたたまれなくなって、普段私が一緒にいるからそういうイベントの後はお二人でどーぞ、とする事にした。

 芽依はとてもそういう気配に敏感な子だった。私が離婚する前、元夫にきつい事を言われるとすぐに「何か怒られた?大丈夫?」とこっそりと聞いてくるような子だった。だから私がつらい思いをしていたのを分かっていたのだろう。

 そして離婚を決めたとき、私は初めて大泣きをして反対する芽依を目の当たりにした。芽依はちっとも悪くないのに「いい子になるから別れないで。」と懇願してきた。2度はそれで踏みとどまったけど、3度目はさすがにもう彼女も何も言わなかった。

 ただ「ママ一人では可哀想だから。」と私に付いてきてくれた。芽依は生まれたときからアトピーがひどく、そのケアなどを私が一手に引き受けていた。アトピーの影響で夜泣きが激しい時、夫は仕事で疲れてるからと不機嫌になるため、別室で一人で対応していた。しっかり眠っているようでも痒くなると大泣きし始める。そのたびに体全体にステロイドを塗っていく。ゆっくりゆっくりマッサージしながら。家事で荒れた私の手が彼女には気持ちよかったようで、それを繰り返していると暫くすると気持ちよさそうに眠ってくれた。
 そして薬が切れた頃、また大泣きをし始めて…。毎晩それだったから育児ノイローゼにもなりかけたけど、一生懸命頑張ったんだ。「良くなれ。早く良くなれ…。」って念じながら。

 そのせいか、アトピーが落ち着いた今でも、彼女の中では不安な時に頼れるのは私だけだ。自然と彼女にとって私が絶対者になってしまった。その私が一人になることが彼女は耐えられなかった。だから私が傷つくことを恐れている節がある。少し眉を潜ませただけでもすごく気にする。

「どこか具合悪いの?」「なにか怒ってる?」

 そんな芽依だから、もう私のことで余計な傷を作りたくない。今私と彼女の関係はすこぶる良好で、毎日怒ったり笑ったりして暮らしている。すごく平和なんだ。
 ふと芽依が「ママが前よりも柔らかく笑っているのが嬉しい。」と内緒話をするように耳元でこそっと話してくれた。それを聞いて私は涙が止まらなくなったんだ。


「芽依が他の子よりも大人びているのは分かるよ。だからこそ余計こっちが気をつけないといけないと思うんだよ。父親も含めて異性の問題ってデリケートじゃない。ましてや母親の恋人だよ?」
「でもその芽依ちゃんだって、いつかは親離れするんだよ。その時あんた一人っきりじゃん。」
「別に一人が寂しいなんて思わないよ。元々一人で過ごすの平気なタイプだもん。」
「………まぁ七海がそこまで言うならいいけどさ…。」

 それからもうそのお互いその話題には触れずに、今芽依達が準備しているというハロウィンパーティの話題になった。子供会でやるハロウィンはその日に近い土曜日に行われる。思い思いの仮装して町内を練り歩くのだが、事前に回覧板で『お菓子をあげられる家は当日カボチャマークを玄関・もしくは門に貼っておいてください。』と知らせてあるので、子供達(+一部保護者)はそれを目印に「Trick or Treat!」と叫びお菓子をもらい、最後は自治会館に集まってパーティをする。

 メインの料理は会費を元にケータリングやお母さん達の手料理などで、飾り付けは子供達がメインで行う。その飾り付けなどを芽依達が今頑張って作っているわけだ。

 あかりちゃんのリビングの一部にはそれらが作業中としてまとめてある。もうとっくの昔に子供会から脱退している翔太も、時折手伝ってくれている。そういう姿を見るとあかりちゃんは子育て上手だなぁと感心するんだ。

 翌日ようやく家に帰った後も、芽依は一生懸命ハロウィングッズの製作に励み、私も芽依に頼まれて昼休みを利用して仕上げた折り紙などをそれに加えて、二人で色々と作り上げていった。

「芽依ちゃ~~ん、楽しそう。」
「うん!ママは?」
「芽依ちゃんが楽しそうだから楽しい!」
「芽依はママが楽しいなら余計楽しいっ!」
「うふふ。仲良し親子だねー。」
「ねー♪」



 そして週明けから山崎君とは顔を合わせなくなっていた。元々フロアが違うから廊下でばったりと言うことはほとんどない。申請用の書類も社内便で送ってきたし、それが山崎君の物だと分かると、優子ちゃんとかがこぞって処理に動くから、本当に接点が無くなっていた。
 食堂でも以前のように顔を合わせない。むしろあんなにしょっちゅう私の傍にいた方が不自然だったのだ。

 ああ避けられているんだなぁ、と実感。

 それに心がざわつかない訳じゃない。痛まない訳じゃない。でも仕方ない。私は自分でその手を突き放したんだから。むしろこんな私に少しでも愛情を持ってくれてありがとう。そんな気持ちがあった。
 ふとした弾みで思い出す夜の公園でのキス。あれはきっと夜の魔法使いが見せた幻影なんだ。

 だから私はすこし芽生え始めていた気持ちにそっとふたをした。
 

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