重なる身体と歪んだ恋情
その日の夜は司の言うとおり、本当に早く家に帰ってやった。

こんな私の行動を見越してなのか彼女は私の帰りを不審がること無く、広間に入ってきて、


「お久しぶりですね、千紗さん」


と言えば、


「えぇ、本当に」


と笑顔も無く返してきた。

それからドレスの話をしても在り来たりな返事で。

晩餐会の話をすれば何とか断ろうと必死に言葉を探す。だから、


「大丈夫です。私の傍に居ていただけるだけで。形式的なことで申し訳ありませんがそう言うことですので土曜日の夜は空けて置いてください」


畳み掛けるようにそう言うと彼女はやっと承諾の声を返してきた。

本当に気の無い返事。

ため息だって付きたくなるような状況で如月を見ればしれっとした顔で私にワインを注ぐ。


「彼女は本がお好きのようです」


小さな囁き。

助け舟でも出したつもりか?

かといってこんな雰囲気で食事をする気にもならないから。


「他に欲しいものは? そういえば本を桜井家から持ってこさせたとか」


どうして彼女の機嫌を取ろうとしているのか。

嫌ってるならそれでも構わないと思っていたのに。

それでも手放す気は無いのだけど。


「ゲーテ、読みますか?」

「あるんですか?」


私と言う人間は思ったより単純で、そんな彼女の台詞に勝手に口の端が上がる。

それから食事を終えてデザートを手に持って私の書斎へ。

入った瞬間、後ろから感嘆の息が吐き出される音を聞いた。

私自身、ここに何がどれだけあるのかは分からない。

すべて弥生に任せているから。

唖然と本棚を見上げる彼女の後ろからゲーテを見つけて手を伸ばす。

それだけでビクリと体を強張らせる千紗。

彼女の興味は本であって、私には嫌悪感と警戒心しかないらしい。


「どうぞ」


そう言ってゲーテの本を渡すと彼女は俯いて、


「……あ、りがとうございます」


それでも私にお礼を口にした。


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