『無明の果て』
第十五章  『夢』
ステージに置かれたマイクを片づけながら、閉店した灯りの消えた入口に人影を感じ、静かに振り返った園は、その見覚えのあるシルエットに右手をあげて、少しだけ笑った。



「ごめん
一杯だけ飲める?」



「お客さん、もう閉店なんだけど。

もう…
しょうがないなぁ。

マスター帰っちゃったから、ビールくらいしかないけど。
それでいい?」



「園の歌は聞けないの?」



「お客さん。
私の歌をつまみにしようってこと?
ちょっと高いんですけど。
それでも良かったら。」




「じゃぁ、やめとく。」



フッと笑いながら、カウンターに向かう涼に合わせて、マイクはそのまま片づけず、園は歩み寄った。




「何よ。
まったく。
急に現れて、びっくりさせないでよ。
ねぇ元気だったの?

そうね、私も一杯飲もうかな。
どうしてるかなって思ってたんだ。

わざわざ来てくれたから、後でスペシャルバージョンで歌うわよ。」


「どうだった?

オーディション」



「全滅よ…

そう簡単にはいかないわよね。


涼は?

プロ試験ってまだだっけ?」



「まだ先だよ。

園の歌が聞きたくなってさ、この時間なら誰もいないと思って来てみた。


対局とか、試験とか、いつもそんな事ばかり考えてるからさ、たまにリセットしないとね。



園のとこしか、行くとこないし。」



「涼は相変わらずだね。

本当は何?」



「本当ってなんだよ。」



カウンター越しに冷えたグラスとコースターを置き、涼の隣に座り直し、ビールを注いで、それぞれの前にそれを運んだ。



「久しぶり」


そう言って二人とも、少しだけグラスを合わせ一気に飲み干した。


「あぁ~今日は特別に美味しい。


で、本当は何?」



「えっ、だから何がだよ。」



「話したい事があるんじゃないかと思っただけよ。」



しばらく黙っていた涼の口元が、わずかに動き出した。
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