お嬢様になりました。
葵と東條の体がどんどん密着していく。


それなのに俺はその場を動く事も、声を出す事も出来なかった。


葵の事となると自信が無くなる。


その自信のなさが、俺の身体を凍りつかせているのかもしれない。



「玲、ごめん……もう大丈夫」

「顔をよく見せて」

「れ、玲!?」



東條に顎をすくい上げられ、戸惑った声を漏らす葵。


顔が見えなくても分かる。


今のお前は真っ赤な顔をして潤んだ目をしてんだろうな。


自然と手は拳をつくり、力が入った。



「やっぱり眠れないんだね」

「…………」

「海堂には話した?」

「……話してない」

「どうして話さないの?」



俺には話せねぇ事なのに、東條には話してるっていうのか?


なんだよそれ……ッ。



「話したくない」



俺には話したくない、か……。


何なんだよ、この胸の痛みは。


苦しくて堪らねぇ。



「家まで送るよ」

「気持ちは嬉しいけど大丈夫だよ。 荒木さんが待っててくれてるし、それに……」

「俺なら大丈夫。 荒木さんにもちゃんと了承もらってる」

「えっ?」

「せっかく葵の用事が終わるのを待ってたんだから、一緒に帰るくらい、いいだろ?」

「……ありがとう」



ありがとうって何だよ……。


東條は流し目で俺を見た後、葵の腰に腕を回した。


葵は俺に気が付かないまま、東條と帰っていってしまった。





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