お嬢様になりました。
橘は視線を落とした。


長い睫毛が目の下に影を落としている。



「でもあっという間に、夢の様な時間は終わってしまった。 毎日泣いたわ。 干からびてしまうんじゃないかと思うくらいにね。 その時の私は泣く事でしか、気持ちを落ち着ける事が出来なかった」

「あれは両親が勝手に進めただけで、俺は元々乗り気じゃなかった。 相手が誰だろうと、初めから断るつもりだった」



こんなオブラートに包んだ様な言い方をしている事に、自分で少し驚いた。


俺は葵に影響され過ぎだな。



「やっと元通りの生活に戻れた矢先、隆輝さんが宝生院会長の孫娘と婚約を交わしたというお話を耳にしたの。 それを聞いて居ても立ってもいられなくなったわ」

「だから、鳳学園に転校してきたのか?」



普通そこまでするか?


なんていう行動力してんだよ。



「鳳学園に転校する気なんてさらさらなかったわ」

「は……?」

「ダンスパーティーでお二人を拝見したら、直ぐに帰ろうと思っていたの。 でも、お二人を見て諦めがつかなくなった」



体の前で手を重ね合わせ、肩を震わせている橘。


今にも泣き出しそうな程、瞳を潤ませている。





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