お嬢様になりました。
葵がワゴンを引き、近付いてきた。



「好き嫌いないよね?」

「ねぇけど、普通そういう事は作る前に聞けよな」

「しょうがないじゃん、忘れてたんだから。 それに好き嫌いないならいいじゃん」



むすっとした顔をして、料理をテーブルの上に並べ始めた。


ビーフシチューにサラダ、スープ、そしてバケットに入ったフランスパンが綺麗に並べられた。



「味の保証はないからね」



そう言いながら、俺の向かいの席に同じ様に料理をセッティングすると、葵も椅子に座った。



「飲み物はお水とお茶どっちがいい?」

「水」



氷の入ったグラスに水を注ぐと、葵は柔らかく笑って俺に差し出した。



「はい、どうぞ」



無償に恥ずかしい気持ちになって、俺は無言でグラスを受け取った。



「それじゃあ、いただきまぁーすっ」

「……いただきます」



ビーフシチューを一口食べると、今まで感じた事のない感覚に襲われた。


高級店や一流シェフのビーフシチューを、何度も食べた事はある。


勿論どれも美味しかった。


でも葵の作ったビーフシチューは心が温まる味がした。


世間ではこういう味を優しい味と言うのかもしれない。





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