ドメスティック・エマージェンシー
「ココアを飲むか?」

頷けば、葵はやかんでお湯を沸かし、コップにココアの粉と砂糖を入れ、混ざり合った二つの粒に牛乳を注いだ。


私はその作業を一部始終見つめていた。


葵ほ何をしても様になる。
見ていて飽きない。
まるで歩く芸術品だ、と言ったことがあった。
その時の葵は頬を赤く染めて困ったように笑っていたのを覚えている。


「バカ、見過ぎだ」


冷たい目に反比例してあの時と同様に頬を赤くした葵からココアを受け取った。


火傷するなよ、と忠告に礼を言い、口に含む。

喉を温かくしてココアが器官を通っていった。
甘く溶け、お腹に湯たんぽがストンと落ちた。


温かい。
笑うと葵も笑った。


「心底美味しいって顔してる」


からかうように笑み、しかしすぐに真摯な瞳で私を見据えた。


「何があった?」


湯たんぽが、スッと消えた。
葵に嘘を付くのは苦手だ。
葵は何でも知っている。
リストカットのことも知っていた。


「……何もないよ」


その瞳に見られるのを拒み、俯き笑いかけて言った。
葵はそれ以上何も聞かなかった。








< 16 / 212 >

この作品をシェア

pagetop