ドメスティック・エマージェンシー
「葵は、人を憎んだことあるの?」

ひたすら泣いて、顔を見合わせ、何となく気恥ずかしくなり笑うと、葵も笑った。
そして、ふと気になったのだ。

こんな人が他人を嫌うなんてあるのだろうか、と。

恐る恐る聞いた質問に、葵は軽やかに笑って答えた。

「あるよ」

「あるの?!」

驚いて身を乗り出す。
葵はそんな私をクスクスと笑った。

意外だ。
葵に憎まれる人は、きっと極悪に違いない。

聞いて良い質問か、さっきまで不安だったのにすっかり不安は消えて好奇心がぶくぶくと膨らみはじめる。

「そっか、話してなかったっけ」

コクリと勢いよく頷く。
そっか、ともう一度繰り返し、葵は窓の外に視線をやった。
まだ雨は降っている。
しかし葵は雨なんか見ずに、遠くを見ているようだった。

「俺、昔……凄い不良だったよ」

「えっ」

まるで宣告するように葵は言った。
今の葵とは随分かけ離れている。
思わず反芻するも、イメージが湧かなかった。

「父親がさ、俺たち家族よりも仕事って感じだったんだ。……もしかしたら、家族とも思ってなかったかもな」

目を伏せ、静かに怒りを込めて葵は呟いた。
雨がさっきよりも強く増して降っている。





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