フシダラナヒト【TABOO】
柔らかい表情で、私から書類を受け取る美しい人。



動けなかった。


物語の世界から出てきたような容貌。長い手足、漆黒の髪、通った鼻筋、穏やかな目。


「頑張ってくださいね」


ゾクリとするほど低く響いたあの声は、今も忘れることができない。





彼氏に不満はない。

バイトの先輩で、優しくて一緒にいて楽しい。マラソンに出ると話したら笑って一緒に練習に付き合ってくれた。このまま付き合えば、もっと大切な存在になるだろう。


それが分かっているのに、こうすることでしか邪念を振り払えない私はダメな女。




メロスは信頼のために走ったという。弱い人間が強い想いで走り、賭けに勝利したのだ。


私も……。

今日女子の中で一番になれたら、こんな邪念は捨て去って彼氏との信頼を貫こう。


こんなの一時の気の迷いで、強い想いを持っていればきっと正しい道へと導かれる。


大丈夫、体力はそう落ちていない。他に速そうな女子もいない。ゴールまでもう少し。このまま行けばきっと一番だ。
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