『桜が咲くにはまだ早い三月』
第四章  『返信』 一節
この写真の中に小さく写った私の後ろ姿を、

浩太はどんな気持ちで見送ったのだろう。


あの横断歩道で私だと気づいていたなら、

どうしてあの時立ち止まって私に合図しなかったのかと考えてしまうのは、

浩太のあの良い香りとぬくもりを私がまだ忘れずにいるからだと

本当は分かっているんだ。


だけど、そんなこと口が裂けても絶対に言わないと決めている。

私は生意気な女だから。


意味あり気に送信されたメールは、私の気持ちをいらつかせた。


何よこれ。

何か書けばいいじゃないの。

元気?とか

久しぶりとか。

いったい私にどうしろって言うのよ。


すっかり遅れてしまった待ち合わせの場所に車を走らせながら、

予想外のメールになんだか無性に腹が立った。


私に何かを期待しても、返信なんかしないから。


10分遅れて駐車場に着くと、

ガラス張りの喫茶店の一番後ろのテーブルで

雑誌をめくりながらタバコを吸っているサクラの姿が見えた。



江波サクラ


波長が合うのか、高校の時からずっと付き合いが続いている。


初めて会った時

「きれいな名前だよね。」

と話しかけたら


「演歌歌手みたいって親にクレームつけた。」

と言ったのがおかしくて、

それ以来 サクラの話す言葉のセンスやサクラの仕事先で起こる面白い出来事を聞く事が

私の密かな楽しみになっている。



「サクラ遅れてごめんね。」

「あぁ由香、大丈夫よ。

遅刻するなんてあんたらしくないね。

何かあった?」


サクラになら話してもイイかな。

由香は相変わらずだと、笑い飛ばされるかもしれないけど。



「そういえばさ、こないだの飲み会にどうして来なかったの?

由香が来るって言うから私も行ったんだよ。

待ってたのに。」


えっ?

飲み会?


「あれ?

話し見えてないって感じだよね。」


「サクラ、私その飲み会に誘われてないよ。

私が来るって安西君が言ったの?」


「うん、そうだよ。

何だっけ?

安西君の友達の…

浩太とか云う…

彼が誘ってるはずだからって言ってたからさ、

来るものだと思って由香に連絡もしなかったけど。」



落ち着いて 私。

落ち着いて 私の心臓。


心の中で何度も何度もつぶやいた。


 
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