『桜が咲くにはまだ早い三月』
第五章  『戸惑い』  二節


私とサクラの間に今まで感じた事のない、静かな戸惑いが生まれた気がした。


「由香、健とどれくらい付き合ってたんだっけ?

健は今どうしてるの?」


静寂を絶つようにサクラが話始めた。

何事もなかったように。


「由香さ、健と付き合ってからちょっと変わった?

そんな事ないか。

そんな事ないね。

ごめん、ごめん。」


サクラは独り言のようにつぶやいて、私の顔を覗き込んだ。



「一緒にいたのはたったの半年よ。

それだけよ。」



そう。

マスターの言葉通り、健は私が追いかけてはいけない男だった。

飲み会のたびに知らない女の子を誘い、

その気にさせる仕草は、生まれつき備わったものだと思うほど手際良く見えた。


キスをし身体を重ね合わせているだけで幸せだと感じていた事が、

私ひとりではないと知ってから

私は変わってしまったのかもしれない。



会いたい。

会いたい。


会えない。


忙しい?


今 どこにいるの?

今 何してるの?


健…

健…


健…



どんどん嫌な女になっていった。


健はそんな奴だとみんなが噂している事すら聞こえないふりをし、

心のどこかで私だけは特別だと信じようとした。


だけど


「由香ちゃん

僕はね、君だけのものじゃないんだよ。

分かった?

み・ん・な・の・も・の。」


健は子供を諭すように、そして面倒くさそうに私にそう言い放った。


私が健を選んだんだ。

自分で決めた事なんだ。

誰のせいでもない。


だけど、だけど


ひどいよ…

健…






「サクラ、私変わったかな。

もしそうだとしたら、健のせいだよね。

やられちゃった。」



あれから恋はしていない。

浩太に・・・

サクラが好きになってしまったかもしれない、

田辺浩太に会うまでは。



< 18 / 42 >

この作品をシェア

pagetop