『桜が咲くにはまだ早い三月』
第五章 『戸惑い』 二節
私とサクラの間に今まで感じた事のない、静かな戸惑いが生まれた気がした。
「由香、健とどれくらい付き合ってたんだっけ?
健は今どうしてるの?」
静寂を絶つようにサクラが話始めた。
何事もなかったように。
「由香さ、健と付き合ってからちょっと変わった?
そんな事ないか。
そんな事ないね。
ごめん、ごめん。」
サクラは独り言のようにつぶやいて、私の顔を覗き込んだ。
「一緒にいたのはたったの半年よ。
それだけよ。」
そう。
マスターの言葉通り、健は私が追いかけてはいけない男だった。
飲み会のたびに知らない女の子を誘い、
その気にさせる仕草は、生まれつき備わったものだと思うほど手際良く見えた。
キスをし身体を重ね合わせているだけで幸せだと感じていた事が、
私ひとりではないと知ってから
私は変わってしまったのかもしれない。
会いたい。
会いたい。
会えない。
忙しい?
今 どこにいるの?
今 何してるの?
健…
健…
健…
どんどん嫌な女になっていった。
健はそんな奴だとみんなが噂している事すら聞こえないふりをし、
心のどこかで私だけは特別だと信じようとした。
だけど
「由香ちゃん
僕はね、君だけのものじゃないんだよ。
分かった?
み・ん・な・の・も・の。」
健は子供を諭すように、そして面倒くさそうに私にそう言い放った。
私が健を選んだんだ。
自分で決めた事なんだ。
誰のせいでもない。
だけど、だけど
ひどいよ…
健…
「サクラ、私変わったかな。
もしそうだとしたら、健のせいだよね。
やられちゃった。」
あれから恋はしていない。
浩太に・・・
サクラが好きになってしまったかもしれない、
田辺浩太に会うまでは。